「なあ虹子、ちょっといいか」
普段はめったに部屋に来ない父さんが、ドアの向こうから声をかけた。

「うん」
一応返事はしたけれど、正直顔を合わせたくない。

最近、私は父さんを避けているから。
菅原さんが家に来て衝撃的な話しを聞かされ、家を飛び出してしまった私。
偶然祐介くんに会い、美味しいものをご馳走になり駅まで送ってもらうと父さんが待っていた。
機嫌の悪そうな顔をして、でも何も話すことなく家まで一緒に帰った。

それ以来、父さんも母さんも結婚の話しはしない。
悪い夢だったんじゃないかと思えるほど、穏やかな生活に戻っていた。

「まだ怒っているのか?」
ボソリとつぶやかれた言葉。

高宮家との縁談のことを言っているのは分かった。
私は返事をしなかった。