獣の危険察知能力というのか。
緩んでいた緊張の糸が一瞬にして張り直るもすでに遅しとソルト本人が一番に理解している。
そんな刹那だ、
「…もーらった」
「ソルトっ__」
聞き馴染みのない声音が響いたのと、六花の虚を突かれた声音をあげたのと、『マズい』と思いソルト自ら箒から落ちる形をとったのはまさに同時。
ソルトが箒から身を落した時にはすでに周囲に濃霧が迫っていて、落下による浮遊感を得たのなどものの一瞬。
次の瞬間には濃霧からぬっとあらわれた華奢で白い細腕に背後から抱きとめられており、更に次の瞬間にはコンクリートの床にごろりと身体が転げたのだ。
この一瞬で何が起きたのか。
どうやらソルトが自分から飛び込むような形をとった事で六花だけは逃げおおせたらしいが。
通常でない移動をさせられたせいであるのか目が回って力も入りにくい。
それに何よりも正気を保つのも困難な程の濃香。
ソルトの神経を何よりも害しに来ているのはこの強烈な魔女の香りだろう。
無意味だと分かっていても思わず口元を手で覆ってしまう。
それでも無情にも長けた嗅覚が意に反してその香りを吸入してしまうのだ。
甘い甘い甘い。
熱い熱い熱い。
血が騒ぐ、滾る。
欲しい欲しい欲しい。
我を忘れて、捨て去って、欲求のままに食らいつきたい。
本能が渇望して気が……
「気が狂いそう」
「っ……はぁ…」
「そんな顔してるよ、おにーさん」
本能を煽り立ててくる苦境の中では自我を保とうとするのがやっと。
こうして声をかけられても本能に理性が追いやられて朦朧とするのだ。



