何の用だったのか、そもそも用などなかったのかもしれないけど、井ノ上くんが図書室に入ってきたのだ。


「おおーっ。図書室ってクーラーあるんだ!」


田舎の高校には、教室ごとにエアコンは付いていない。目下、保護者によって設置要望の署名活動中なのだけど、今年度で卒業の私には、叶ってもその恩恵にはあずかれないからもうどうでもいい。


図書室には私しかおらず、嬉しそうにこちらを振り向く井ノ上くんに返事をしてしまった。


「そうよ。……ていうか、一年以上学校通ってて気づかなかったの?」


着ていたジャージの色で、一学年下の子だとわかる。


「うんっ」


初対面から人懐こかった井ノ上くんは、私のちょっと呆れた声に気づくふうでもなく、ただただ室内の涼しさに嬉しそうだ。
のちに、夏がそんなに好きなら涼しい場所なんてなくていいんじゃないか、ずっと太陽の下にいればいいと言ったら、それはそれこれはこれと否定されてしまった。