「あ、ここの方?今日伊勢崎先生いるかしら」
「えっ、あの、えっと」
私のことはすっかり覚えていないらしい。
一見冷静に言っているようだけれど、目が据わり、精神的に不安定なのは明らかだ。
この状態の彼女を静に会わせるのは危険だとすぐ判断がついた。
「ご用件をお伺いしてもよろしいですか?」
「話があるの。いるんでしょ?出して」
「すみませんがご予約のない方はお断りしております。また改めてご予約をいただいて……」
そう丁重に断り帰らせようとした、ところが女性は目を見開く。
「うるさい!」
そして怒鳴ると、両手で私の肩を掴む。
細い指からは想像できないくらいの力が込められ、肌に食い込んで痛い。
「あいつのせいで私は旦那と別れることになって、子供も取られて、不倫相手にも逃げられて……文句でも言わなきゃ気が済まないのよ!」
『あいつのせいで』、女性の言葉が引っかかる。
静の、せい?
彼女が離婚することも、子供と離れることも、不倫相手と別れたことも。
……ううん、そんなのおかしい。
「本当にそうなんですか?」
「え?」
「本当に彼が悪くて、あなたには非はないんですか?」
こんな言い方で、彼女を逆上させてしまうだろうことはわかってる。
だけど、どうしても見逃せなかった。
だって、静はあんなにも依頼人のことを思って仕事をしている。
彼女の件だって、旦那さんの気持ちに寄り添って動いた結果だろう。
なのに、そんな彼を悪く言われて納得できるわけがない。
その一心で、女性をまっすぐ見つめた。
すると彼女は顔を歪め、感情に任せるように私の体を思い切り突き飛ばした。
されるがまま、私はその場に勢いよく尻餅をつく。



