「あの時も入江言ってたよね。『諦めて、これまでの努力を無駄にしたくなかった』って」
……そう、いえば。
あの試合を静も他の部員たちと見ていて、試合のあと、体育館の端で鼻を冷やしていた私に彼は声をかけてきた。
『そんな怪我してまで必死にならなくてもよかったんじゃない?』
『……だって勝ちたかったんだもん。諦めて、これまでの努力を無駄にしたくなかったの』
負けたって、努力は無駄にならない。
必死にやってそれでも勝てなかったとしたら、納得できる。
でも諦めるのは違う、とユニフォームを鼻血で汚し鼻を赤くして言った私に、あの時も静は優しく笑っていた。
『入江、かっこよすぎ』
その言葉に、私の気持ちは間違ってないと思えたんだ。
あの日と変わらない笑顔で、静は言葉を続ける。
「自分本位だっていいじゃない。その気持ちが入江にとっての譲れないものなんじゃない」
その言葉に、どうして彼が突然その話をしたのかがようやくわかった。
『これまで自分がやってきたことを無駄にしたくないとか、逃げたら負けだとか、そんな自分本位なプライドしかないのかも』
私のあの言葉を、肯定してくれている。
過ごした日々を無駄にしたくないと思うことは、悪くないって。そう言ってくれている。
「それに、入江のそういう頑張り屋で頑固なところ、俺は好きだよ」
静はそう言って、サラダを盛った小皿を私の前にそっと置いた。
目尻を下げ細めた瞳、口角を持ち上げた薄い唇。
その笑顔はやっぱり、あの頃となにひとつ変わらない。
立場が変わっても、関係が変わっても、そんな甘いことを言って受け入れてくれるから。
いちいち胸が、ときめく。
トクン、と胸の奥から聞こえた鼓動を聞こえないフリをするように、私はジョッキの中身をぐいっと飲んだ。



