「それにしても果穂ちゃんもうすっかり仕事に慣れたみたいね。事務はもちろん掃除も丁寧だし、この前はカップの漂白もしてくれていたし」
「あはは、動いてる方が落ち着くだけです」
褒めてもらえたことが嬉しくて、にやけた顔でクッキーを一枚手に取る。
壇さんはそういえば、というようにたずねる。
「果穂ってもともとなんの仕事してたんだっけ」
「化粧品メーカーの企画部です。アンセムっていうメーカーで」
「え!?アンセム!?あの有名デパコスの!?」
メーカー名はやはり知っているのだろう。壇さんは大きな目を丸くして驚く。
「超大手じゃない!なんで辞めちゃったの!」
「辞めてないです。あくまで休職中、です」
何度目だろうこのくだり……。
そう思いながらも毎回いちいち訂正してしまう自分がいる。
その話を聞いて、続いて花村さんがたずねた。
「じゃあ休職中ってことは、そのうち戻るの?あ、だから短期のバイトって形なのかしら」
『そのうち戻る』、彼女の言葉が胸の奥で小さく引っかかる。
「……まぁ一応、そのつもりではいるんですけど」
戻ることも離れることもできない曖昧な気持ちで、『そうなんです』とは言い切れず、苦笑いで誤魔化そうとする。
けれど、その曖昧な気持ちはふたりにも伝わっていたようだった。
花村さんは、それ以上の問いかけを飲み込む。ところが一方で壇さんは、グロスの塗られた唇を尖らせた。



