浅い噴水に背中から飛び込む。

服の中に水が入り込むのを感じながら頭上を見上げると、夏雲が浮かんだ青い空が綺麗に広がっているのが見えた。



……なんで、こうなる。



彼氏に浮気されて、会社からも追い出されて、挙句逃げてきた先で見知らぬカップルの喧嘩に巻き込まれて噴水に落とされて……。



神様がいるのなら聞きたい。

私、なにか悪いことしましたかね。

精いっぱい、地道に生きてきたつもりなんですが。



呆然とそんなことを考え、怒ることも驚くこともできずに空を見上げていると、突然視界に入り込む顔。



「だ、大丈夫ですか!?」



焦った様子で私の顔を覗き込む、黒い髪を左で分けた彼は、形のいい二重と高い鼻、形の整った眉と綺麗な顔立ちをしている。



……あれ、この人どこかで。

考えながら、差し出された手をそっととると、彼は自分が濡れることも厭わず、ずぶ濡れの私の体をそっと起こしてくれた。



噴水からあがると、すでにそこに先ほどの女性はおらず、きっと逃げ出したのだろうと察した。

水を吸ったデニムが重く、ゆっくりと地面に立つと滴る水がアスファルトに染みをつくる。



「すみません、どこか怪我とかしてませんか?」

「あ、いえ……大丈夫」



顔を上げ改めて彼を見ると、その顔は安堵したように小さく笑う。

その細められた目にふと浮かんだのは



『入江』



そう笑った、高校時代の彼の面影。



「……しず、か……?」



思わず口にした彼の名前に、彼は一度不思議そうな顔をしてから、目を丸くして驚いた。



「あれ、もしかして……入江?」



その声、その姿……やっぱり本物の静だ。

お互い驚きを隠せずにいると、いつの間にか周りには騒ぎを聞きつけた人が集まってしまっていた。