「『伊勢崎』……か」
久しぶりに聞いた名前。
高校を出てからもう12年も経つというのに、今だに胸に残る。
伊勢崎静、という彼は、私と映美の高校の同級生で同じバスケ部に所属していた。
長身細身の見た目が目を引くだけでなく、いつも明るいムードメーカーで、自然と人が集まってくるような人気者だった。
茶色く染められたふわふわとした癖っ毛と、左耳に開けられたピアス。
ブレザーにパーカーを合わせた姿が彼を軽くも見せたけれど、その人懐こさのせいか彼を悪く言う人は見たことがなかった。
みんなに優しく明るい彼は、私に対しても同様に度々声をかけてくれた。
『入江、さっき部活中転んでたけど大丈夫?』
『うん。ちょっとすりむいただけ』
『あー、血出てるじゃん。気を付けなよ、一応女の子なんだから』
『一応って』
いつもどこか憎めなくて、むしろ明るい笑顔に許せてしまう。
太陽のような眩しさを持つ、そんな静のことが好きだった。
その気持ちは彼も同じだったようで、
『……俺、入江のことが好きだよ』
ほんの少しの間、ひと夏だけ。
静は私の恋人だった。
そんな懐かしい日々を思い出しながら、みなとみらいにある美術館前の、緑に囲まれた噴水広場を歩く。
なにげなく目を向けたガラス張りのドアに映ったのは、サマーニットにデニムのワイドパンツを合わせた自分。
背伸びをするようなヒールも、真っ赤な口紅も、未だ上原さんの影をちらつかせる。
……新しい色の口紅、買おうかな。
そう思うのに、まだ踏ん切りのつかない自分が滑稽に思えた。



