伸ばしかけた手をわたしは慌てて引っ込めた。

ダメだった、と心の中で落胆すると同時に少し前までの自分との違いに驚く。

中2以来、わたしは自分から誰かにコンタクトを取ろうとしてこなかった。

それなのに、今、わたしは確かに自分の意思で藤原くんの背中をポンポンッと叩こうとしていた。

手のひらの猫とはいえない猫に背中をおされるように右手を彼に伸ばしていた。



この日、藤原くんは昼休みも休み時間も何かにつけてわたしを気にかけて声をかけてくれた。

『今日の体育、女子は体育館だって』

『今日の5限抜き打ちの小テストだってさ』

頷くことしかできないのに、藤原くんはそんなことさもどうでもいいことのようにわたしに声をかけ続ける。

それなのに、わたしは結局放課後になってもなかなか藤原くんに図書館だよりの話をするタイミングが掴めなかった。

仕方ない。今日は諦めて明日頑張ろう。


帰りのHRが終わった瞬間、わたしはクラスの誰よりも早く扉に向かって歩き出していた。

もう一度、あの公園へ行ってあの桜の木を見に行こう。

あそこへ行けば、何か違うものが見えるような気がした。

藤原くんの言うように、同じものをみているのに違うものに見えてくることがあるかもしれない。

新しい発見があったらいいな。

『結衣』

藤原くんがわたしの名前を呼ぶときの声。

それが急に頭に浮かび、それを振り切るようにブンブンと首を横に振る。

なぜか藤原くんのことを考えると胸の真ん中がきゅっと締め付けられた気がした。