カルロはエマに手を引かれ、月が姿を出し始めたのをぼんやりと眺めていた。

(この少女はいったい僕をどこへ連れていくのだろう…)

だがどこへ連れて行かれようとも構わなかった。

こんな薄汚れた街に、いったいどんな幸福があるというのだろう。

カルロは苦い笑みを漏らすだけだった。

「ここにね、わたしの幸福があるの」

エマが突然微笑みながらそう言って指差したその先には。

どこかの貴族が焼け出されたと思われる瓦礫と化した屋敷の残骸が折り重なっていた。

「ここに……!?」

エマは瓦礫に近づくとその下の隙間から一匹の黒の子猫を取り出し、慈しむように抱き上げた。

「エイダっていうの。女の子よ。この子の親はこの屋敷が火事になったときに死んでしまったみたいなの。わたしはずっとここでこの子が幸せになれるようにって話しかけているの」

「それが……君の、幸せ……?」

「そうよ。この子は愛するものを失ったの。でもこの子は愛が再び訪れるってことを知らないの。だから、わたしが教えてあげなくちゃ」

カルロはエマの不幸などなにも知らないような笑顔になぜか無性に苛立った。

「君は……ほんとうの不幸など、何も知らないくせに!愛が再び訪れるなんて、なんでそんなことが言えるんだ……!」

エマは悲しそうに笑うと、黒猫をぎゅっと抱きしめ頬ずりをした。

「エイダはね、この場所を離れられないの。ここに幸福があったからよ。わたしもそう。わたしも、この街を離れられないの。どんなことがあっても……」

涙を流しているわけではないのに、エマが最上級の悲しみをその表情で表している気がしたカルロは、一瞬罪悪感に苛まれ口をつぐんだ。

「この子、笑ってるように見えない?エイダはこれ以上の不幸がこないように笑っているのよ。人間は、不幸な時には笑えない。でもね、不幸な時だからこそ、人間は笑わなきゃいけない時もあるの」

雪が降りしきるこのロンドンの最果ての。

この薄汚れた街に。

カルロは舞い降りた天使の姿を見たように、心が浄化されていくのを感じていた。