「今はもう起業したてのあの頃とは違うんだ。お前も俺も人を使う立場になった。今の俺たちにもとめられるのは、いいエンジニアでいることじゃない」
「わかってるよ」
「そうか?」
そうは見えないぞと目が言っている。
「経営者としての仕事を優先してくれ。そのために、大勢のスタッフがいるんだ。お前の肩には全従業員とその家族の生活がかかっているんだ。一つ一つの作業にこだわられては困る。うまく人を回せよ」

「すまない。最近時間がなくて」
つい、言い訳がでた。

「お前って、頭がいい割に時々抜けてるんだよな」
「はあぁ?」
相変わらずの毒舌に、イラッとしてしまった。

「いいか、時間がなくて当たり前。1日24時間なのは決まったことだ。お前がデートするために1日が延びたりはしないんだから。その分どこかで時間を作るしかないんだよ」
「ああ・・・そうだな」
言い返せない。

確かに、爽子さんと会うようになってから残業が増えた。
当然睡眠時間も減り、仕事もはかどらなくなっている。
って事は、彼女と
「なあ、オイ」
考えを巡らせる俺に、一颯が声をかける。

「俺は別に、彼女と会う時間を減らせって言っているわけじゃないからな。もう少し仕事を人に振れって言ってるんだ。ましてや睡眠時間を減らして補おうなんてもってのほかだ」

今の会社で、俺に意見できるのは一颯しかいない。
それがわかっていて言ってくれているのが、ありがたいと思う。

「わかった。これから気を付ける」
「そうしてくれ」