24.
都心の真ん中に小さな森がある。小さな森の中にまるでその森をかばうようにホテルは建っている。大沢は分厚い絨毯を踏みしめながらラウンジに向かっていた。一人の男をめぐる男同士の鞘当に都心のホテルのラウンジを指定してくるような保坂が信じられない。どんな風に恥をかかせてやろうか。そしてもう何度も繰り返した問いを胸のうちでまた繰り返す──湖山は、もう──
坂になった庭園を見下ろすように窓の方に向いたソファ席に案内されるとそこにもう保坂は足を組んで寛いでいた。小さなテーブルを挟んで保坂の座るソファと斜に向かうソファにわざとどすんと腰をかけると保坂は庭園を向いたままで笑った。何が可笑しいのだ、大沢はこちらを見ない保坂を睨みつけて、けれど同時に腹立ち紛れにそんなガキくさいことをした自分にも腹が立った。
「単刀直入に言いますけど、湖山さんを返してください。話がしたいって俺、言ったけど、話なんかそれ以外になかった。」
窓を向いていた保坂が大沢を振り向いた。その顔にはいつもみたいにどこか人をからかうような笑みは浮かんでいなかった。どこまでもまじめに、けれど緊張しているという風でもなく、大沢はまるで初めてこの男に会ったような気がした。そしてこれがこの男の本当の姿なのだろう。
「そう。じゃ、俺も、単刀直入に言いますけど、君に渡すつもりはない。そもそも、君のものだったとも思わない。」
陽の光は空の青さを届けていた。人々が歓談するロビーラウンジの窓際のソファ席にその光はやさしくまろやかに差し込んでこんな風にまっすぐに逃げ出すことなく誰かを思い続けて来た男を抱くように包んでいた。この光の中にいることを許されているのはきっと彼だけだ、自分ではない。
かなわないのだろうか。
もう、かなわないのだろうか。
あんなふうに逃げ出して、愛する人から目を背けようとするような男だから。
あんなふうに酷く、愛する人を抱くような男だから。
早く夜になればいい。夜の帳(とばり)なら隠してくれる、何もかも。自分の愚かさも、自分の狡さも、自分の汚さも。光のない帳の中でならきっとこの男を見ないでいられる。この男を見て自己嫌悪に苛まれることもなくなる。
陽の光は空の青さを届けていた。ロビーラウンジの窓際の席まで。青い革に刻んだ愛しい人の名が脳裏で歪む。零れない涙が記憶の中で滲んだ。
終わり


