23.
何だ、夢だ、と大沢はまた気が遠くなる。そしてまた何かを考え、思い出し、そうこうしていると夢につながっていくのだった。眠ったような、眠れなかったような夜を過ごした。一晩中考え事をしていたような気もするし、それはほとんど夢だったような気もする。記憶と、想像と、夢と、すべてが混在して、それでいてつながっているような、不思議な感覚だ。
たとえば、保坂はやはり、カウンターに頬杖をついて湖山を優しい目で見守っている。湖山の肩越しに目が合うと、保坂はまだ笑っているのになんだか挑戦的な目をしている。けれど本当は、保坂がどんな風に挑戦的な目をするかなんて知らない。彼と目を合わせたことなどないからだ。多分あったとしても、それはいつも打ち合わせ中などで、意識をしたこともない。保坂は常にビジネスライクで湖山を挟んで保坂と向き合うときに彼と目が合うことなどない。それでも、夢の中の保坂はとても挑戦的に大沢を見つめる。湖山は笑っていたはずなのに、どういう訳か大沢に背中を向けていて、いつの間にか保坂の腕の中にいる。湖山は目をつぶっているのだろうか、目を見開いているのだろうか、そんなことをぼんやりと考えていると、大沢は坂を上っていて、坂をめぐる壁の大きな石をみて、ああこれは城壁だと大沢は思う。この上に大きなマンションが立っていて、湖山が待っているはずだと思う。それからまた気づくと、大沢はマンションのドアを開ける。誰もいない部屋をひとつひとつ巡る。最後の部屋にアルバムがあって、陽子がウェディングドレスを着て笑っている。それを一枚一枚繰って陽子の写真をはがしていく。アルバムはいつの間にか卒業アルバムになっていて、自分の写真がいつまでも見つからない。最後のクラスまで確認しても、やはり自分はいなくて、もう一度一組に戻ると、一組のクラス写真が貼ってあり、保坂と湖山が肩を組んで笑っている。大沢は「そうだ、あいつらは昔から仲が良かったな」と夢の中で思う。不意に景色が変わって、学校のレンガ色の廊下を湖山が一人で歩いている。あ、今なら一人だ、と夢の中の大沢は思って、湖山を追いかけるのに、いつまでも追いつかない。それで泣きたくなると目が覚めた。
ベッドの横は空だ。
これまでならこんなときに行くあてなんてあるはずがなかった。でも今は湖山にもそんな場所があるのかといやに落ち着きはらっている自分に気づく。
スマートホンをタップした。朝、4時。湖山の番号は指先ひとつでかかるのに、大沢はわざわざ一桁、一桁を確かめるように人差し指で番号をたたいた。大沢はスマートホンを耳に強く当て今に呼び出し音が途切れて湖山が「もしもし」というのを待ったが、呼び出し音は鳴り続けた。まるで根気比べのような呼び出し音は途切れて「お出になりません。」と女性の声が言った。大沢はリダイヤルを押した。もしこのまま湖山が出ないなら、それは、番号間違いだったと思うことにしたらいいと大沢は思った。けれど今度はほどなく呼び出し音が途切れる。
電話に出た湖山は何も言わない。何も言わないから電話が正しくかかったのかどうかは本当は分からない。けれど電話の向こうに静かな息遣いがあって居住まいを感じさせる空気が伝わって、大沢は確かにそこに湖山がいると信じることができる。
「保坂さんにかわって」
思いの外穏やかに響いた自分の声が己を勇気付けた。「一緒じゃない」という言葉を期待している自分はもういなかった。
電話の向こうで物音がして「はい」と湖山ではない男が答える。
「保坂さん、話をしましょう。」
「いいよ。どこに行けばいい?」
保坂は落ち着いていた。まるで次の打ち合わせの日程を調整しているみたいな錯覚に陥るくらいに。
話をしましょうと言ったのは自分なのに「何を話せばいいんだろう」と通話を切りながら大沢は思った。


