21.
見つめあう事がこれほどロマンチックからかけ離れていることがあるだろうか、と冴えた頭で思った。大沢の目を見返している湖山の瞳には情熱のかけらも見えない。それとも、これまでだってこの男の瞳に情熱が宿っていたことがあったのだろうかといやに悲観的に思う。
大沢は湖山をそこに押し倒した。首筋に顔をうずめて、罰を与えるかのようにそこにかぷりと噛み付くと、湖山はついと頭を仰け反らせた。湖山の細い顎の影が動く。目で追いながら噛み付いたところをチュウッと吸い上げると今度は、テーブルがごとんと音を立てて大きく揺れた。湖山がテーブルを蹴飛ばしたらしかった。
あの男ならどんな風に抱くんだろう。
自分の中で、自分ではない誰かが息づく。
きっと、さっき自分が言ったように、呪ったように、あの男が自分という身体を通して湖山を抱こうとしているのだ。そう思うと、今湖山に触れては駄目だと思うのに、思う矢先に彼を欲した。
「やだ…、やだ…、い、や、だ!!」
ひとつひとつの音を区切るように湖山が呻いた。
「誰に言ってるの?」
まるで自分が言っているのではないように聞こえる。
(俺に?それとも、あの人に?)
「なぁ」
捕らえた腕の内側に口付けて、つつつつと手首まで這わせた舌先で、まるで手錠をかけるように輪を描いた。それから脈動を感じる手首の内側に強く噛み付いて、なんならここから血を滴らせてやってもいい、と暴力的なことを思う。それはきっと自分と「彼」とが戦う血だ、と妙な正当性を探り出すようにそう思った。
「ッ・・・ったい!!」
と湖山が訴える。
「痛い?」
自分の声がどこか遠くから聞こえた。
夢を見ているような気がした。いつもよりももっと遠く、まるで自分の魂がこの体から抜け出てふわりと浮いているように、大沢の下にいる愛する者がどんな風に喘いでいるのかをつぶさに見ようとしている。それは、湖山を抱くようになってからいつも大沢が感じていた、熱に浮かされたようなそれではなく、まるで、冷たく透明な氷の中にいてみているような、そういう「夢見心地」だった。
思い出したくもない男の手が自分よりも少し節くれだっていたことを思い出す。中指にペン胼胝(だこ)があったはずだ。自分の手と大きさは然程違わないだろう。その手で湖山の体の脇を撫ぜると、ほんの少しささくれ立った爪が彼を引っ掻いた。小さなささくれが些細な快感を大きく変える。湖山がぐっと身体を反らした。シャツの裾を咥えて胸まで肌蹴ると、湖山は頭を擡げて大沢を睨みつける。挑み返すように、大沢は湖山を見上げた。そっと舌を出すと、湖山の臍に届く。
「こんな風に、したかったんだよ、あの人は。ユージンってあんたを呼びながら。──なぁ、どんな、感じ?」
抵抗を止めた湖山が、呆然と大沢を見上げていた。
目の縁が赤い。
(あ、泣く・・・)
と、湖山の膝が大沢の腹を打った。
一瞬息が止まって、湖山を掴んでいた手が解けた。湖山が自分の下から這い出していく。上半身が抜けたところで湖山は苦しそうな大沢を心配してくれたのか少し動きを緩慢にした。その一瞬を逃さずに、大沢は湖山の足首をぐいっと掴んで、ゆらりと立ち上がった。鬼になった気分だ。
「油断とかしちゃだめでしょ。」
自分に言ったのか湖山に言ったのか自分でも良く分からなかった。湖山の思考が戻る前に大沢は湖山の内腿を踏みつけた。
「いまからあんたをヤル。」
と、宣言した。


