17.
ローテーブルとソファーの間に住宅情報誌が落ちていた。住宅情報誌のいくつかのページは大きく折ってある。見るともなしに見るといずれもファミリータイプのマンションのようだった。
湖山はできるだけ何も考えないようにして冊子をテーブルの上に置いた。それから飲みかけのコーラのペットボトルを見て少しため息をつく。
「ふたくらいしとけっつーの…」
と独り言は不満げに声になった。
コーラを流しに棄てに行こうとして何かを蹴っ飛ばした。見ると家電量販店の袋だ。拾い上げてローテーブルに置く。どうやら新しいDVDのようだった。いまどきオンデマンドで見られると思うんだけどな、けれど言う相手はいないので今度こそ流しへ向かう。
気泡も立たないコーラを流しに棄てながら、新しいDVDはどちらもアクションものだったなと湖山は思う。それからそのうちの一枚は前の日に保坂と見た映画の前々作だ、エピソードVI。
そういやあんな映画見るの珍しいよな、保坂と映画を見るときはいつも100人も入るか分からないようなシアターで一ヵ月後にはもう同じ映画館では観られないような映画を観た。学生時代の話だから映画の好みだって変わるのかもしれない。自分だってそうだったように、付き合う相手が観たい映画を観て意外に面白かったなと思うことがあって、そうやって人は大人になっていくのだから。
洗濯機に洗濯物を放りこんでいると、大沢が起きてきた。
「…はよ」
少し掠れた声がいい。朝、挨拶をするたびにそう思う。
「おはよう。」
湖山は手を動かしながら答えた。
「・・・朝もう食べた?スパゲッティでいい?昨日の夜作ったやつ。」
そういえばレンジの上に鍋があったなあと湖山は暢気に思った。
「朝からそんなに食べられないから少なめで」
「分かった」
大沢はペタンペタンと足音をさせながらキッチンへ行った。
* * *
「映画観に行かない?エピソードエイト、始まってたよ。」
大沢は器用にフォークにパスタを巻き付けながら言った。
「エピソード、エイト…?・・・『ザ・セブン・シーズ』の?」
「うん?そうだよ、ザ・セブン・シーズの。」
「・・・・。今日?」
「あー、今日、じゃなくてもいいよ。次の休みでもいいけど。昨日出かけたし、今日は休みたいか。」
「…そうじゃねえけど。」
「あれさ、ゲスト俳優がほら、あのこの前のあれに出ててさ…」
『それ、もう観ちゃったんだよなー』ってさりげなく言えばよかった、と思ったときにはもう遅かった。自分は何を迷ったんだろう。ほんの一瞬の迷いだった。ほんの一瞬が自分達の何かを大きく違えてしまうこともある。それを十分に知っているはずではなかったか。
(トマトだ)
ミートソースにいくぶん大き目にカットされたトマトが入っているのに気づいた。大沢が作るミートソースにトマトが入っていたことなんてこれまでなかった。
(どっかで教わってきたとか?)
ローテーブルの上に乗せた住宅情報誌。つぶれた週末の予定。
湖山はフォークを置いて皿を持って立ち上がった。パスタプレートにはトマトがひとかけら残っていた。小さな一口がもう入らない。赤茶色く汚れたプレートに水を流していると、スエットのポケットでスマホが鳴った。冷蔵庫からミネラルウォーターを取りながら確認する。
「昨日はありがとう。とても愉しかった」
”たのしい”を愉しいとするところがいかにも保坂らしかった。つい微笑みを溢してスマホをポケットにつっこむとこちらを見ている大沢と目があった。どちらともなく目を逸らす。キャップをひねる手に力をこめた。


