序章

学校とビジネスビルが肩を寄せ合うような街だ。急に視界が開けて大きな門があったかと思えば、古いビルも近代的なビルも競いようにひしめき合って並んでいる。その街の一角、薄い灰色の近代的なビルの三階に昭栄出版の受付がある。編集・企画室は4階で、5階に総務部と談話室のようなスペースが設えてあったが、その客人は編集部の入り口で、菓子折りを持って立っていた。
編集二部の長を務める保坂は、しきりにキーボードを打ちながら、肩と頬で抑えた電話の内線で何か話していた。時折冗談を飛ばして笑っているところを見ると大して難しい話をしているようには見えなかったが、そうかといえば時折難しそうに眉を顰めている。
ミントグリーンのシャツにオレンジ色と灰色の縞のネクタイをしている。普通のサラリーマンにしては派手な身なりのように見えるが、編集部という部署のせいかその派手さは少しも浮いていない。黙っていると厳つくも見えそうな保坂の真面目そうな顔立ちには、柔和さを加えるようでそのシャツもネクタイもよく似合っていた。
ご多分にもれず、昭栄出版の編集部でも禁煙令がしかれていた。各階に喫煙スペースがある。喫煙室から戻った男は編集部の入り口で菓子折りを下げた男と一言二言話したあとまっすぐに保坂のデスクに向かい来客を告げた。
コンピュータースクリーンから顔を上げて出入り口を見やった保坂は立ち上がりかけて中腰のまま固まった。かつてよく知っていた男がそこにいる。保坂に会釈をした相手もこちらに気づいたらしく、男は親しげに目を細めた。
「ユウジン・・・・?」
思わず零れ落ちた懐かしい響き。その懐かしさに一瞬戸惑った保坂はすぐにいつもの、あるいは以前と同じような、調子と微笑みを取り戻して、今度こそはっきりとその名を呼ぶ。
「ユウジン!優仁じゃないか!久しぶりだなぁ!!!」