「ううん、なんでもない。なんかとり天見てたら、お腹が空いてきちゃって。あまりにも美味しそうだから、ため息出ちゃった」
「本当に旨そうですよね。上出来です。でもこれは今から試食会で皆さんに食べてもらうものですから、つまみ食いはダメですよ」
まるで親が子供を叱るような市ノ瀬くんの仕草に、ふふっと笑いがこみ上げる。
何やってんのよ、私。今は余計なことを考えている場合じゃない。気を引き締めていかないと。
目の前の作業台の上には、十五人分の試食の料理が並んでいる。時間は予定の十一時ちょうど。
「市ノ瀬くん、行くよ!」
「はいっ」
市ノ瀬くんの元気な声に力をもらう。相手が誰であろうと、やることは同じ。
いつもの笑顔で──。
スーッと息を吐き呼吸を整えると、市ノ瀬くんと並んで試食会の会場へと向かった。


