「逢坂だ。新店舗で手違いがあって、伊勢どりを半分わけてもらいたい。今から俺が取りに行く、準備をしておいてくれ」
そう言うや否や電話を切り、店から出ていってしまう。
俺が取りに行くって……。そんなこと、社長の真史さんにさせる訳にはいかない。
「しゃ、社長! ミスをしたのは私です。取りに行くなら私が……」
慌てて追いかけ、彼の腕を掴む。足を止めた真史さんが、ゆっくり振り向いた。
「よく考えろ。今この場で、必要がない人間は誰だ?」
真史さんが感情の読み取れない表情をして、私に顔をズイッと近づける。突然のことに気が動転して、瞬きするのも忘れてしまった。
「朱里?」
耳元で私の名前を呼ぶ、バリトンボイスが響く。
「え? あ、はい。すみません。で、何でしたっけ?」
頭の中がプチ混乱中で、わけのわからないことを口走る。真史さんの腕を掴んでいた手を離すと、彼から少しだけ距離を取った。
「ホントにすみません。やっぱり私が取りに行きます。社長を行かせるわけにはいきません」
今日はありがたいことに市ノ瀬くんがいる。彼ひとりにキッチンを任せるのは申し訳ないけれど、今は頑張って助けてもらうしかない。


