偽装結婚ならお断りです!? ~お見合い相手はイジワル社長~


 ふう~と一息つくと、明らかに怒っている逢坂社長の大声が聞こえた。

『おい高坂! これは一体、どういうことだ! 俺にこんなことして、いいと思ってるのか!!』

 ドアをバンバン叩きながら廊下で叫ぶ逢坂社長の顔を思い浮かべると、恐怖から体が震える。

 社長をキッチンから追い出すなんて、いいと思ってるわけないじゃない。

 逢坂部長として、ここで一緒にメニューを考案していた頃に戻ってほしい──そうずっと思っていた私が、そんなこと思うはずがない。

 でもこの気持ち、この想いは、誰にも知られてはいけない。今の逢坂社長と私とでは、立場も住む世界も何もかもが違いすぎる。

 彼はこのままプレジールの社長だけで終わる人ではない。もっと大きな舞台へと羽ばたく人、私が恋をしていいような相手じゃない。

 まあバレたところで、さっきみたいにスルーされるだけ。恋人候補にもならない、私からの一方通行、考えるのも無駄な恋なんだろうけれど。

 もうこれ以上、仕事以外で社長と関わりたくない。とにかく今は“恋より仕事”。まずは今日の試食会で、いい結果を出すことが先決だ。

 自分のヤル気を奮い立たせるように、両頬をパンパンッと叩く。シャキッと背筋を伸ばすと調理の準備に取り掛かるため、もう一度丁寧に手を洗った。