「や、やめてください! こんなところを誰かに見られたりでもしたら……困ります」
最初は勢いのあった言葉も、最後は尻窄みに小さくなっていった。そしてその声は、広いフロアにあっという間に消える。と同時に、掴まれていた腕が解かれた。
「そうか、悪かった」
そう言って真史さんは、私に背を向ける。そのまま黙って、廊下を歩き出した。
「ま、真史さん!」
自分でも気づかないうちに、彼の名前を呼んでいた。
行かないで──。
そう叫びたいのに、脳裏に浮かぶ三浦さんの顔が邪魔をする。
「なんだ?」
追い打ちをかけるような、真史さんの冷ややかな声に背筋が凍った。
怒らせて、嫌われた……。
言いようのない悲しさに唇を噛みしめる。涙をぐっと堪えるように手を強く握った。
「いえ、なんでもありません。お疲れ様でした」
真史さんの背中にそう告げると、来た通路を戻る。階段に差し掛かると一気に駆け上り、試食会が行われていた部屋とは反対方向に向かった。
まだ誰にも会いたくない。
どうしようかと辺りを見渡すと、使用していない会議室が目に入る。隠れるように会議室の中に入り、後ろ手に鍵を締めた。「カチャ」と乾いた音が耳に届くと、そのまま崩れるように床へとしゃがみ込んだ。


