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「里枝、今日新歓あるから来なよ」
会社に着くと、すぐに私のデスクの隣に寄ってきた同僚の美奈子が言った。
「新歓?」
「ほら、おととい新人が5人入ったじゃん。歓迎会やるから、全員今晩空けとけって部長が言ってた」
「へえ…」
私が返事をすると、美奈子はむっとした顔をつくり、リップで湿らせた赤い唇を尖らせる。
「なによ、あんたまた蹴るつもり? この前の飲み会だって来なかったじゃない。新歓くらい顔出さないとそろそろ浮くよ?」
社内で浮こうが浮くまいが、正直どちらでもよかった。それを言うとまた美奈子の説教を聞く羽目になるので、私は仕方なく黙っているだけにした。
なにも話さない私に、「もしかして」と美奈子は声を低くして顔を寄せてきた。
もともと美人なのに、化粧が濃いせいで8割くらい損している美奈子の顔を見ながら、私は眉を寄せる。
「なに?」
「また例の“お嬢さま”?」
「……なんのこと」
「あんたと同居してるっていうお嬢さんのことよ。まだ一緒に暮らしてんでしょ?」
「…まあね」
美奈子は顔を離すと、隣の椅子に腰掛けながらため息をこぼした。
「いい加減別居すりゃいいじゃないの。あんたももう飽きてるんでしょ?会社に来るなり陰鬱な顔して、みてるこっちも気が滅入ってきちゃうわよ。ああ、でも向こうは離れたくない感じなんだっけ?」
「別にそういう話はしてない。私が勝手にいろいろ思ってるだけ」
「うそ、この前その子と喧嘩になったって言ったじゃん」
「喧嘩ってわけじゃ…。ちょっと言い争っただけだよ」
どうにかこの話からそらせたかったけど、美奈子は食いつくように続けてくる。
「里枝がそんなふうに甘いからその子もそこに甘えてくるんじゃないの。いいじゃない、もう2年くらい一緒にいてあげたんでしょ、十分よ。寂しがりやだかなんだか知らないけど、同居が面倒になってきたんならさっさと出てっちゃいなよ。なんならあたしの家に泊まってもいいし」
私は立ち上がって美奈子の言葉を遮った。由梨と話している時とは違う感覚で、気分が悪くなりそうだった。
美奈子が悪いわけじゃない。でも、もう少し1人で考えたいことだった。
私は無言のままデスクを離れた。
「里枝、どこいくのよ」
「休憩室」
「じゃあ、ついでにあたしのコーヒーもとってきて」
「…しょうがないな」
私の面倒そうな顔を読みとった美奈子は、笑いながら自分のデスクへ戻った。
無理やり引き止めようとしない美奈子のさっぱりした性格は、こういうときにはありがたかった。

