『5月3日。』
彼女が亡くなる前の日だった。
『今日、あの人の名前を聞いた。
そらくん って言うんだって』
そうだ、そうだった。
この日、別れ際に、初めて彼女に名前を聞かれた。
『私がどのくらい生きられるかなんて自分が一番わかってる』
「・・・!」
『お願い明日まで持って。それから明日の私お願い。
あの人にバイバイって、お別れしてきて。』
「そんな…嘘だろ…」
わかってて、それでも僕なんかのために…
僕はとっくに溢れ出ていた涙を拭うこともできず、ただ嗚咽を漏らしながらひたすら彼女の字を読んだ。
『5月4日。日記の通りだと、あの男の子に会ったのは23回目だね。
なんか、初めましてって感じしなかったのは、日記を読んでいたからかな。
でも、昨日の私、ごめんね。
ばいばい なんて言えなかった。
わかってる。もう今日で最後かもしれないなんて。
でもだから、だからこそ言えなかった。
しかも またね なんて言っちゃった。
私は嘘つきになるかもしれない。
嘘つきにならないように、もう少し頑張ってね、私。』
その日の日記は、そこで終わりだった。
でも次のページに、震えたような字で、書かれてた。
『やくそく、ムリだった
さいごに名前をよべてよかった』
―僕は叫んだ。
はたから見たら変な奴だと思われるかもしれない。
そんなこと気にならないくらい、胸が苦しくて辛くてしんどくて切なくて。
とにかくこの思いを吐き出したかった。
なんで彼女が、とか、どうにかできなかったのか、とか、僕にもっと気の利いたことが言えれば、とか。
今更考えてもしょうがない思いがたくさん溢れ出た。
日記の残った空白のページを見て思った。
もし彼女が生きていられたら、ここにはどんなことが綴られたのだろう。
そして僕は日記の裏表紙を見た。
右下に“来宮 朔”と書かれていた
「き、みや…さく…」
僕が読み上げると突然後ろから声がした
「きのみや、さく」
驚いて振り返ると。
さっきこの日記を渡してくれた女性、おそらく彼女のお母さんがいた。
「…きのみや、さく…」