それからあっという間に3ヶ月が過ぎて季節は夏になっていた。

ならは少しずつ毎日のルーチン業務をこなせるようにはなってきていたものの、まだまだ雑用ばかりで一人前には程遠いところにいた。

「門野さーん、ちょっと。」

女上司の町田さんに呼ばれて、ならは立ち上がる。
なんとなくの予想はつく。

町田さんは少し小声になって言う。

「来月いっぱいで辞める池脇さんの送別会、幹事お願いしていいかな?」

また飲み会の幹事か。

ならは心の中で落胆を覚えながらも、得意の笑顔を保つ。

「はい。」
「ちなみに私、お盆休みに繋げて18日までお休み取るから、それ以外の日でお願いね。」
「18までですね。」
「実家に帰んないといけなくてさー。」

町田さんは次から次へと話し続ける。
ならは忘れないように、手に「18」とだけメモをする。

町田さんは40半ば独身でバリバリやってきたキャリアーウーマンだ。
チャーミングなところもあり、部下思いで、仕事ができるのは確かだ。
でもー・・・

「町田さん、今日の服もガツガツだったよね。」

同期で同じ部署の田口が冷やし中華をすすりながら言う。
田口は都内有名私大を卒業した、高身長ボーイだ。
読者モデルしていたという噂だが、話してみて中身は大したことのない人間だと知る。
町田さんが顔面を気に入って採用したのだろう。

2人はお昼のタイミングが同じくなることから、よく一緒に食事をとっていた。

「でも40代であの服着れるってすごいよ。お尻の形いいもん。」
「あー、ケツの形は確かにプリッとしてるよな。」

2人は冷やし中華を口にしながら、周りに聞こえないボリュームで話す。

「たまにさ、彼がいますアピールしてない?」

田口が言う。
なんだそれ。

「『あ、今日は早く帰らなきゃなんだ、ごめんね、ちょっと!』みたいなのよくするじゃん。」

「ああ」とならは相槌を打つ。

「俺、あれみんなに『会う人がいます』ってアピールしたいんじゃないかなって思うんだよね。」
「そうかなあ。ただ予定があるだけじゃない?ヨガとか。」
「そっちかなー。1人で酒飲んでそうだけど。」
「失礼だよ。」

田口との会話はいつも品に欠けていた。

ならはいつも「誰かに聞かれてるんじゃないか」とドキドキする。
が、田口は社食で堂々と社員の噂話をする。

「あー今日も飲み会だー、めんどくせー。」
「ビアガーデン。幹事だもんね。」
「やりたいやつがやれよー。」

ならは「ハハッ」と笑って話を合わせる。

「門野さん、さっき送別会の幹事任されてたでしょ。『お盆が〜旅行が〜』って話ダダ漏れなんだよね、町田さん。」
「聞こえてた?」
「俺も休み取って旅行行きてー。」
「町田さんは旅行じゃなくて実家って言ってたよ。」
「どうせ韓国とか行くんだろ。」

田口は適当なことを言う。

「そういえば陶芸家の彼氏元気?」
「なに突然。」
「別れてねーかなーと思って。」
「縁起悪っ。」

ならが少し冗談混じりに怒る。

「幸せなやつばっかりだとつまんねーもん。」

ほんとこいつって人間がなってない。

「ちゃんとした女性に中身磨いてもらった方がいいよ。」
「でもさー、ちゃんとした女性って俺には近づいてこないんだよね。」
「分かってんじゃん。」
「自己分析は就活中しまくったから。」
「なに、その自己分析。」

ふとならは時計に目をやる。

「あー、戻んないとー。」
「めんどくせー。かえりてー。」

2人はダラダラと立ち上がると、トレイを下げに向かった。