この時だけは、彼が社長でいることを忘れて‐それを清貴さんも楽しんでいるように見えていた。


そしていつもの通り、一時間ぐらいで解散になり、私達は駅に向かって歩いていた。
本格的な夏が到来したせいか、いつもより駅前は陽気な酔っぱらいの人で溢れかえっていて、街全体の空気が騒がしい。

「夏、ですねぇー……」

「もううちも繁忙期入るな」

「……いやーなこと言わないでください」

初めてする事業の、初めて迎える繁忙期。
当然私の気は進んでいなかった。

「大丈夫ですかね……売り上げ大分落ちそうですが …………」

「ま、最初だし『データを取る』って感覚でやってくれればいい」

「まぁ、がんばります…」

「頼りにしてる」

清貴さんは立ち止まるとほんの少し口角を上げて‐私の頭に手を置く。
社長になってからは見せない、気の緩んだ笑顔に心臓が一気に跳ね上がる。それと同時に変わらぬ安心感を覚えていた。

‐でも、私達が『変わらないから』と言って…彼が『社長』という事実は変わらない。



「清貴さん」

立ち止まった私達に‐ドスの聞いた低い声が飛んでくる。