「全然散らかってないじゃん。綺麗なお部屋」
ベッドの上に今朝脱いだであろう部屋着はそのまま置かれているものの、きちんと片付いていた。
大学時代の元彼はものが多くてごちゃついた部屋に住んでたな。
どうでもいい思い出が変なタイミングで蘇った。
「そうかな、ありがとう。ものが少ないからあんまり散らからないんだよね。
飲み物ビールでいい?」
「うん、ありがとう」
慣れない部屋というのは居心地が良くなるまでに相当時間がかかりそうだ。
ついキョロキョロ見回してしまう。
ベッドの横にある棚には仕事用の本と漫画本が少し。そして沢山のCDが詰められていた。
やっぱり音楽が好きらしい。
「あんまり色々見ないで、恥ずかしいから」
そう言いながら500ミリのビール缶とグラスを二つ持った彼が隣に座った。
外の空気でほてった熱が、肌に触れなくても伝わってくる。
「色々気になっちゃって」
「探してもあんまり面白いものないよ」
笑ってそう返すと、脚を組んでソファへともたれかかる彼。
手元のリモコンでオーディオのスイッチを入れると、先程生演奏で聴いた曲が流れ出す。
いつもこの部屋でこんな風に過ごしているのかな。
音楽はいくらか私の緊張をほぐしてくれた。
いつかケイさんと初めて会った時も、有線で音楽を聴いて和んだことがあったっけ。
目の前に雅也くんがいるのに、場に相応しくないエピソードが次々と頭に浮かんでくるのが不思議だった。
「はい、グラスどうぞ」
綺麗な薄はりのビールグラス。
物は少ないけど、こだわりはありそうだ。
グラスを傾けて彼に向けると、綺麗な金色の液体が注がれた。
外で缶からそのまま飲むのもいいけど、家で落ち着いてこうやって飲むのもいいな。
音楽とビールのおかげで、だいぶ落ち着いて彼と向き合う心の状態になっていくのがわかった。
「雅也くんもどうぞ」
彼の手から缶を取って私も同じように綺麗に磨かれたグラスへビールを注ぐ。
「ありがと。うちに透子ちゃんがいるのが不思議な感じだけど、来てくれて嬉しい。
今日はお疲れ様」
その言葉を合図に今日何回目かわからない乾杯をした。
薄いグラスがぶつかる感覚が気持ちいい。


