「中目黒、来たことある?」
当たり障りのない会話を探しているのが伝わったんだろうか。
沈黙に耐えられなくなったのか、彼の方から話題を振られた。
「春に桜を見に行ったことが何回かあるくらいかな。
お洒落なお店とか多いし開拓したいなと思ってるんだけど」
「お花見の時期だとめちゃくちゃ混むからあんまりゆっくり見れないよね。
最寄駅だしご飯食べに行ったりもするんだけど、男友達とだとなかなかお洒落なお店にも入りづらくて。
よければ気になってるとこ、今度付き合って。
透子ちゃんが好きそうなビール飲めるお店もあるよ」
また次の約束を綺麗に仄めかすんだから、すごいなぁ。
気を抜くと可愛らしくない考えが浮かんでしまう。
それをかき消すかのようにはしゃいでみせた。
「目黒川沿いのクラフトビールが飲めるカフェ、行きたいなと思ってたの!」
「さすが情報通」
次の桜の時期にはこの人と一緒にビール片手に川沿いを歩けるんだろうか。
彼女として、それができたらいいなと自分の中に芽生えた気持ちにもう目は逸らせなくなっていた。
隙を作っておいてこんなことを思うのはおかしいけど、お願いだから軽率な気持ちで家に呼んだりする人じゃありませんように。
今までの真っ直ぐな彼の視線やあどけない表情を思い出すと、きっとそんな人じゃないと思いたいけど。
疑って期待しないで、自分が傷つかないような逃げ道を作るのが得意な私にはこの状況で冷静を装うのが精一杯だった。
車内の空調で体の熱は落ち着いたのに、一向に手の汗は引かない。
そんなことも気にしない顔で彼はそんな私の手を握ったままでいてくれた。


