「ホテル火災が起こったあの日から、あたしはずっとマークを恨んできた。蓮を殺したのは、あたしであり、同時にマークでもあるとあたしは思って来たから」


「…うん」


「でも、そうじゃなかった。ねえ、あのホテルの火災を起こしたのは誰だと思う?」



「…ああ、それが僕だって言いたいんだね。うん、あたり。そう、僕だよ」


分からない。


この男。


なんでニコニコ笑っているの?


「どうして、そんなことをしたの?」


「逆に聞きたいんだけど、どうしてこんなに気づいてくれないの?」


「…は?」


「僕の好意に」



彼は後ろに組んでいた手から花束を差し出した。


「蒼い薔薇、やっぱり君によく似合う」


「どういうこと?」


「だって和佳菜様はお花がお好きでしょう?」


「それは…そうよ。お花は好きよ。でも、貴方は…」


「初めて会った時、君は天使だと思った」


「…」


「君は僕と初めて会った時、白いワンピースを着ていたね」


「…そうね」


正直、全く覚えていない。


彼と会ったことなんて、そんなに無い。


いや、会ったことはたくさんある、彼はマークの側近だったから。


ただ、話した記憶があまりにも無さすぎる。


だけど、この人の目はキラキラと輝いている。




それはもう、狂気的に。



「そして黒髪だった。そのくらいの歳の子は、みんな派手だったり、似合っていないメイクを楽しんでいたけど、君は違った。肩より少し伸びた癖のない髪はサラサラとしていた。それがすごく映えていたんだ、綺麗だったんだ」


「そ、う…」


飲み込まれるな。


大丈夫、あたしはあたし。


この人を。


受け入れることも、拒否もしないの。



ただその事実を。



飲み込むだけ。


「僕はこの世に天使なんているんだって、信じられなかった。僕はその日からずっと君の虜なんだ」


「へえ」


「驚いてないフリをする止めてよ。僕の前では素直な君でいていいんだ」


やっぱり彼はわかっているのだ。


多分あたしよりも、人間観察力に優れている。


「それで…?あたしを天使だって思ったからってどうしてホテルを燃やすつもりだったの?」


「あの男がいらなかったんだよ」


それはきっと…マークじゃなくて。


「どうして、蓮…?」


「だって和佳菜。君は最初からマークなんか愛してなかったでしょう?」



思わず、目を見開いてしまった。


どうして、あたし自身絶望するその瞬間までわからなかったことまで。


この男が知っているのだろう。


「どうして、それを…」


「だって君は楽しそうじゃなかった。純粋で美しい君は、ドロドロしたあの世界のことをよく知りすぎてしまったから。マーク様と一緒にいてもどこか作り笑いだったもの」


よくそこまで見抜いているものだ。


「よく、見てるのね」


「ああ、だから気づいてしまったんだよ。あの男に好意を抱いてるってね」


「蓮、に…?」


「またわからないフリをしている。もうそれはいいよ。君だって分かっているんだろう?その時の気持ちくらい」


どこまで見透かすつもりなの、この人。


「貴方はあたしのことを、よく知っているのね」


「そうかな?そうだといいな」


「そうよ。あたしよりもよく知っている。蓮に恋をしていたの本当よ」


「なら、殺して良かったな」


「はっ?」


「言っただろう?いらなかったんだって。僕達の愛に邪魔をするやつはいらないんだよ」


「…だから、殺したの?でも、あの時あたしだって死にそうになった。今、こうして生きていられるのは、奇跡であって」


「君を殺すつもりなんかなかったよ。だけど、あの男。約束を破りやがった」