「ねえ、綾。あたしね、どうして蓮がアメリカに来たか知っているのよ」
「そんなの!俺のことが目障りだったから、逃げて…」
「違うわ」
彼の泣きそうな潤んだ瞳に、あたしは笑いかけた。
「違うのよ、綾。あたしも不思議だったの。こんなところに来る馬鹿なんて中々いないって、蓮に言ったわ。そうしたら、彼。なんて言ったと思う?俺の夢は、この組織と銀深会を上手く繋ぐことだって」
「…え?」
あたしは蓮のことを、瑞樹に聞きに、あのBARまで行ったのだ。
あたしが知らない瑞樹の話を。
そこを聞けば、綾の動機も分かると思った。
「蓮は、親の望まぬ妊娠によって、施設に置いて行かれた貴方のことをずっと探して、そして見つけた。2歳の時、貴方が綾のご両親に引き取られたことも。そこが銀深会の幹部の家だったことも知っていた。貴方がいずれその道に進まなければいけないことも」
「…」
「だから、彼は先手を打った。琢磨の代になるまで、獅獣は代々銀深会をいずれ継ぐ者が任されていたのを知った彼は、ちょっとやんちゃだった瑞樹に頼み込んだ。獅獣を復活させることを」
「…どういうことだ」
「蓮は貴方に会いたかったの。貴方がどんな風に育っているのか、どんな人間になったのか、そばで知りたかった。だけど、貴方が自分が養子である事実を蓮は知らないと思ったのね。いきなり会いに行って、兄弟なんだと言われても正直信じられないでしょう?獅獣を復活させれば、訓練としてそこに所属させられることを目論んだらしいわ」
『俺、あったこともない人にいきなり獅獣を復活させてくださいって頭下げなきゃいけなかったんだよ?琢磨さん鬼怖いのは噂で聞いてたし、現に会ったらめちゃめちゃ怖かったし。蓮はほんと、人を使うのが上手かったんだよな。…ほんと、天才的にね』
瑞樹の言葉が蘇ってきて、思わず笑いそうになったのを懸命に堪えた。
「じゃ、なんで蓮が琢磨さん達に言いにいかなかったんだよ」
「それこそ、組織に溶け込むためじゃない?」
「溶け込む?」
「獅獣を復活させた人は否が応でも目立つわ。蓮は目立つと動きにくいことを知っていたの。自分が動きやすいようにするためにも瑞樹を使うのが効果的ね。陰で人を操るのが得意なタイプだったわ」
「…」
「蓮はそうして、獅獣に入ることに成功したわ。そこから、銀深会のことを聞いて、危ないと言っていたみたい。あ、これは瑞樹が聞いたらしいんだけど」
「何が危ないって?」
「このままだと銀深会は潰れる。…まあ、仁の前でこんなことを言ってはいけないけれど、今の組長は精神的に危ないからね。大きなパイプが必要だと思ったみたい。だから、マフィアに行くことを躊躇わなかった」
「んなの!後から幾らでも!」
「琢磨に聞いてきたわ。マークの所に行くにあたって相談していたみたいだったから」
『んで、なに?』
別れ際、振り返った琢磨にニヤリと笑う。
『よく分かったわね』
『あいつらの前で聞きにくいことなんだろ』
『ええ。あのね、確認したいことがあるの』
『なんだ?』
『蓮がマークの所に行くのを力づくで止めなかったの?』
『あいつは自分のやり方で護りたかったらしいよ。弟のこと』
「最悪、あたしの言葉は信用できなくても仕方ないって言ってもいいわ。でも、獅獣が大切で仕方ない貴方が、大先輩の言葉を嘘だと言えるかしら?」
「…っ」
「疑うならあの代の人達に、誰でもいいから聞きなさい。同じ言葉を言うに違いないから」
「…そんな」
あたしは彼に寄り添う。
「蓮は、貴方のことを、獅獣を見捨てたわけでも無かった。たったひとつの、守るべきもの守る為にアメリカへ渡ったの」
「…ごめん」
その悲痛な呟きは。
この部屋に静かに木霊して、消えた。