「急に死ぬのが怖くなった。足が震えて、涙が止まらなくなった。あの日以来、ホテルの火災の日以来、あたしは泣かなかったのに。泣きたくても泣けなかったのに。この時に限って、涙が止まらなくなった」
しゃがみこんで、泣き出したところを。
《どーしたの。そんなところで》
太ったおじさんが声をかけてくれた。
「優しい人が、…ご夫婦が。あたしの話を聞いてくれた。見ず知らずの若い女の話を、あたしの人生なんておじさんにはなんの関係もないのに。家に招いて、紅茶とクッキーを出して、優しく聞いてくれた」
ブラウンご夫妻。
手紙を出すと約束したのに、守れていなくてごめんなさい。
また近いうちに会いたいな。
「2人はあたしの話を全部聞き終わった後、あたしに告げた。…自分の命から逃げてはいけないよ、と。とてもこころの優しいあなたは、絶対に幸せになれるから。…彼もそう望んでいるに違いないから。とざっくり言うとそんなことをあたしに教えてくれた」
彼らはそれから抱きしめてくれた。
もう大丈夫だよ、と言ってくれた。
《あなたは生きていて、いいの、いいのよ。あなたの大切な命をまもることで、あなたは刑務所に入らなくても、償うことができるはずよ》
あたしは全然綺麗じゃない。
真っ黒で汚くて、穢れている。
でも、生きることで蓮に償いができるなら。
あたしはちゃんと生きるよ。
「何もかも自宅に置いてきたあたしに、帰りの電車賃を渡してくれた。いつでも来い、と言ってくれた。あたしは何もお礼できなくて、どうしようと言ったら、手紙をくれと言われた。住所を書いた紙。今もキャリーケースの中にいるの。早く出さないと、ね」
ちゃんとお礼を言いに行きたい。
マークの葬式の時はバタバタしていて、なかなか実現出来なかったのだけど。
全部終わったら、必ず。
だから、待っていてください。
「帰ったら、ママに心配された。どこに行っていたのと聞かれても、あたしは答えなかった。散歩と、それだけ」
ママはきっとわからないから。
あたしの痛みも苦しみも。
「ママは、アメリカなんていう土地よりもずっと日本の方が安全だと思った。だから、何かあった時には琢磨が駆けつけてくれるような土地を選んだ。…まあ、きっとこんなに治安が悪いとは思っていなかっただろうけど」
そうして、あたしはみんなと出会うことになった。
たったひとりの王子様は、今もアメリカの墓跡で眠っている。