「彼はあたしを守るようにハンカチをあたしの口に当てた。目で、持って、と合図されて、戸惑いながら手を添えた。あたしはパニックで、どうしたらいいか分からなくなってた。でも、蓮はずっと冷静で。彼は袖で口を押さえながら、あたりを見回していた」
警報器が作動して、うるさくて。
目の前の男は火だるまになり、あたしの周りはすでに火が強くなっていて。
あたしは泣いて、多分もうパニックだった。
ドアはオートロック。
蓮が鍵を持っているのは確かだけど、この状況でちゃんと開くかはわからない。
頭の中で最悪の光景ばかりが広がる。
「その中で、彼は。ポンと、頭を優しく一度叩くと、あたしの側から離れて、ドアを押し始めた。この高さから飛び降りると、恐らく即死。救助を待てる場所まで行くということが、おそらくは、彼の結論だったのだと思う」
だけど、オートロックのドアだ。
火で燃えていても、それは頑丈すぎた。
あたしは慌てて、彼のところまで走って行った。
まだそれくらいする余裕はあった。
彼は戸惑った顔をしていたけれど、あたしは気にしなかった。
気に留めることもできなかったが、本音だ。
あたし達は助からなければいけない。
マークに問い詰めなきゃいけない。
しなければいけないことは、たくさんあった。
どんな状態にあっても、諦めてはいけない。
生きることを諦めてはいけないの。
2人でドアを押した。
「結果だけを言えば、ドアは開いた。脆くなって、崩れるように開いたのを覚えてる。でも、あたし達が見た世界は…火の、火しかない、世界だった」



