「…和佳菜。大丈夫か?」
仁の言葉に驚いて、彼を見つめた。
知らない間に震えてしまっていたらしい。
「平気よ」
「んなわけ…」
「大丈夫。…これは、喋らないといけないことだから」
決めたの。
逃げないって、向き合うって。
大切な彼の勇姿を。
みんなに教えるって。
「…マークに捨てられたあたしは、その事実を受け入れるまでに時間が必要だった。だって、あり得ないって思うじゃない?本人と会うことも出来ず、一方的に関係を切られるなんて、信じることができないわ」
信じたくなかった、の方が。
実はずっと正しいのかもしれない。
昨日まであんなに愛してると囁いてくれた人が。
何度も何度も体を重ねて、愛を確かめてくれたあの人が。
もう迎えに来ないのだと。
思いたくなかった。
「嘘だって。何度も目の前の男に言った。そんな訳ない、あの人が。マークが、あたしにそんなこと言うはずがない。だけど、男は耳を貸さずに、馬鹿みたいだと笑いはじめた。あたしがマークを信じていることが愚かだとそう言って笑った」
それから。
それから。
「…笑ったあいつは、あたしを殺そうと、した」
その時のことは、鮮明に覚えている。
拳銃を向けた男。
その目は濁っていて、あたしを見ているようで見ていなかった。
「その時、縄はもう解けていたの。でも、動けなかった」
怖くて、怖くて、たまらなかったから。
自分に銃口が向けられるなんて考えたことなかったから。
誰も助けに来てくれない。
自分でなんとかしなければいけない、分かっていた。
でも、本当に怖い時。
人は一歩も動けなくなるのね。
その時、初めて知った。
マークの彼女になって、この世界の掟を破った人間が始末されるのを見ながら、怖いなら叫べばいいのに、とか誰かに助けを求めればいいのに、とか。
そういう風に思ったこともあった。
でも、本当に怖い時、声なんて出ないのよ。
足なんて動かないのよ。
「あたしは思った。ここで死ぬんだって。初めて、自分の運命を悟った」



