蒼の花と荒れる野獣Ⅱ




「…和佳菜。大丈夫か?」


仁の言葉に驚いて、彼を見つめた。


知らない間に震えてしまっていたらしい。


「平気よ」


「んなわけ…」


「大丈夫。…これは、喋らないといけないことだから」


決めたの。


逃げないって、向き合うって。


大切な彼の勇姿を。


みんなに教えるって。


「…マークに捨てられたあたしは、その事実を受け入れるまでに時間が必要だった。だって、あり得ないって思うじゃない?本人と会うことも出来ず、一方的に関係を切られるなんて、信じることができないわ」


信じたくなかった、の方が。


実はずっと正しいのかもしれない。



昨日まであんなに愛してると囁いてくれた人が。


何度も何度も体を重ねて、愛を確かめてくれたあの人が。


もう迎えに来ないのだと。


思いたくなかった。



「嘘だって。何度も目の前の男に言った。そんな訳ない、あの人が。マークが、あたしにそんなこと言うはずがない。だけど、男は耳を貸さずに、馬鹿みたいだと笑いはじめた。あたしがマークを信じていることが愚かだとそう言って笑った」


それから。


それから。



「…笑ったあいつは、あたしを殺そうと、した」


その時のことは、鮮明に覚えている。


拳銃を向けた男。


その目は濁っていて、あたしを見ているようで見ていなかった。


「その時、縄はもう解けていたの。でも、動けなかった」


怖くて、怖くて、たまらなかったから。


自分に銃口が向けられるなんて考えたことなかったから。


誰も助けに来てくれない。


自分でなんとかしなければいけない、分かっていた。


でも、本当に怖い時。


人は一歩も動けなくなるのね。


その時、初めて知った。


マークの彼女になって、この世界の掟を破った人間が始末されるのを見ながら、怖いなら叫べばいいのに、とか誰かに助けを求めればいいのに、とか。


そういう風に思ったこともあった。


でも、本当に怖い時、声なんて出ないのよ。


足なんて動かないのよ。



「あたしは思った。ここで死ぬんだって。初めて、自分の運命を悟った」