「近くの部屋に連れ込まれて、あたしは椅子に座らさられた。手を後ろで組んで、手首足首は縄で縛られた。それから彼はどこかに電話し始めた。多分」
「マークのとこ、か」
琢磨の言葉に頷いた。
「お金を用意しろって。1000ドル。さもなければ、あたしを殺すと」
「10億…」
「あたしひたすらに怖くて。隙を突いて逃げることを選ぼうとしていたの。この人ひとりだけなら、逃げ切れるって思いながら、手首の縄を解こうとした」
マークの側にいるだけのかわいい女にはなりたくなかったから。
彼に迷惑をかけたくはなかったから。
だけど、そうしようとしていたのにはきっと心の奥のどこかで、彼が、マークが。
迎えに来てくれるって信じていたからに違いなかった。
「だけど、次の瞬間男の顔色が変わった。なんだかわからない叫び声を上げて、電話を切った。そのままよろよろとあたしに近づいて、あたしが座っている椅子を蹴り上げた」
訳の分からないまま蹴り上げられたあたしは、地面にゴロゴロと転がった。
どうして?なんで?
そんな気持ちだけがあたしを支配する。
「男はあたしの髪の毛を掴み上げて、言った。お前の彼氏、迎えに来ないって、と」
役立たずが、とも言われて。
またガツンと音を立てて、あたしを落とした。
だけど納得もいった。
この人がこんなに荒れている理由は、間違えなくあたしが使い物にならないからだと。
そして。
「お前は、マークに捨てられたんだ、と」
どうしようもない、ただの事実を。
あたしに突きつけて笑った。



