「あの日は、…蓮とあたしはホテルに前泊した日だったの。パーティーが行われるホテルの上の階をマークが取ってくれていたの」
体が震えそうになるのを懸命に堪えた。
「和佳菜、落ち着いて」
そうよ、落ち着かなければ、いけないの。
蓮の死を。
伝えられるのはあたししかいないのだから。
「…もともとは、マークと2人で過ごすつもりだったから、一部屋しか取っていなかった。部屋を分けようという話にもなったんだけど、蓮に、今夜は危ないと言われていて」
「危ないって?」
「…詳しいことは教えてもらえなかったのだけど、多分この後のことを蓮は指していたのだと思う」
「この後のこと…?」
「そう、この後。…あたしたちは2人で夜を明かすことになった。ダブルベッドを蓮が譲ろうとして、あたしたち、言い合いをしてしまったの。本当に些細なことだけど、あたしが部屋を出て行ってしまって。その時に、知らない人に拉致された」
あの日。
廊下をひたすらに走っていたら、いきなり目の前が真っ暗になった。
『やっと会えたね、お嬢さん』
低い声、多分男の人。
真っ暗になったのは、その人が目を手で覆ったから。
あたしが咄嗟に動けなかったのは、その人が背中に冷たい拳銃を押しつけていたから。
恐らくは単独犯で、ほかに足音は聞こえなかった。
そのまま近くの部屋に連れ込んで、彼は。
『イイコにしていたら、何もしないよ』
そう言った。
一瞬であたしを殺せる道具を首にずらしながら、そう言った。



