「…え?」
「大丈夫か?大分、唸ってたけど」
ぱちりと目を開くと。
仁を筆頭とした、心配そうなみんなの顔があった。
「あれ、…なんであたし、寝て」
幹部室の黒いソファーから身を起こす。
よく分からないまま目を擦ると、仁が口を開いた。
「夜遅いからって、お前に先に寝てもらいたかったんだけど」
「仁が離したがらないから、こーなったんだよ!思い出した?」
「ちげーよ。…和佳菜にはうるさいと思って下に行くの勧めたけど、お前がここで寝ちゃったの。デマ流すな、綾」
「えー…でも、和佳菜のこと、離したく無いのはほんとだっただろ?」
赤くなる仁におちょくる綾。
よかった。
なんの変わりもない朝だ。
「なんか嫌な夢でも見たの?」
「あ、翔。おはよう。どう、体調は?」
「毎度毎度、ありがとう。俺は平気。…じゃなくてね、和佳菜。和佳菜のこと聞いてるから」
苦笑いをした翔に、ふふと返す。
「話を逸らそうとしたわけではないのよ?ただ、翔のこと心配だったから聞いただけ」
そういえば、ありがとうと、笑った翔がいた。
あれから2週間経った。
いつの間にか年も明けてしまって、もう正月も終わり頃だ。
アメリカでは年が明ける時はお祭り騒ぎになるから、こんなに静かな正月は初めてでなんだか不思議な気分。
だけど、内心。
この正月は本当に穏やかじゃなかった。
この2週間、仲間を痛めつけた人間は少しも顔を出さない。
音沙汰がないのは、あたしにとっては恐怖しか増幅させないのだ。
嵐の前の海は静かだ。
恐ろしいほどに静かなのだ。
それが分かっているからこそ、次彼らが仕掛けてくるのは、大きなことで。
その準備のために動かないのだと、あたしを含めた皆、分かっているのだった。
怖いことは、もう一つある。
あれから仲間は続々と目が覚めているのに、南だけが目を覚さない。
この前、ようやく陽太が目を覚まして、特に身体に異変はないようだから、安心しているのに。
南だけが2週間経った今も目を覚さない。
佐久間先生も心配していて、このまま目を覚さない可能性も、目を覚ましたとしても記憶が飛んでいる可能性も否定できないと言われた。
みんな前に進んでいる。
言わずもがな、彼…翔も。
父親と話し合った結果から言えば、彼は父親と親子の縁を切ることになったらしい。
彼ももうすぐで18歳になる。
それに合わせた準備も進めていると聞いた。
父親の呪いから解放される為に取ったこの判断が全て正しいのかはわからないけれども。
それでも翔がやりたいことをやったのだから。
それが一番なのだ。
みんな前を向いて歩いている。
今でも後ろを向いているのは、…きっと。
「どうしたの?」
「…ううん、なんでもない」
あたしだけ、なんだろうね。
蓮、久しぶり。
あたしは今でも貴方のことを思い出してしまうの。
とても幸せな夢だけど。
とても、残酷な、あの夢を。