「…仁」


翔がまた涙を流した。


「翔、俺は苦しんでない。この道を好きで選んできた。だから和佳菜を責めるな」


「……っ」


優しく肩を叩いただけで、彼は咽び泣き始めてしまった。


それから顔を上げた仁は。


「…高梨、三郷。こいつを救護室に運んでくれないか?そのまま誰かついてやっていてくれ。このままじゃ危険だ」


「あ、俺行きます」


そう言ったのは、慎太郎で。


2人で手分けして翔を運び出していった。


「…和佳菜」


呆然として動けないあたしをふんわりと仁が抱き上げてくれた。


「ごめん、翔が。本当にごめん。あいつにもちゃんと謝らせる。でも、あいつにも」


「分かっているわよ、事情があるのでしょう?」


あの精神状態、異常だった。


いつもの翔なら、絶対に言わないことを言ったのだ。


分かる、彼はそんな人ではない。


分かる、分かる。


分かっている。


だけど…。


ポロリと、涙が頬を伝った。


「だけど、やっぱり辛いことに変わりはないわね」


笑えない、笑うことなんてできない。


それこそ、翔の言っていることがあっていて。


さっき貴方は否定してくれたけれど。


仁が苦しんでいたら、悲しんでいたら。


貴方をあたしが存在することで傷つけてしまっていたのなら。


それほど悲しくて辛いことってない。


「仁。ねえ、あたしは、貴方を傷つける存在なの?」


どうしても貴方の口から聞きたいの。


こんな短い期間であたし達の気持ちが簡単になくなってしまうものだなんて、そんなことはないでしょう?



「んなことないから。絶対ないから」


ほら、仁は。


あたしの不安を取り除いてくれる。



大丈夫、そんなことはない。


あたし達の気持ちはずっと一緒で、ずっと側にいるの。




「なあ、綾」


「なんだよ」


「…お前ら母さん殺したやつを探してたって言ったよな?」


「ああ」


「当てもなくお前が動くはずがない。どこに行った?」


「…さっすが、獅獣の王様だ」


「どこなんだよ」


「裏賭博してる、クラブKってとこ。名の知れた情報屋が多くいて、そこと会談するらしいって噂があって」



「…そうか」


そのまま仁は黙り込んでしまった。


ああ、この人の傷は癒えてなんかいない。


誰にもあたしにも言わないけれど、仁が母親を殺した相手を恨まないとは思わない。


だって彼にとって。


大切な家族である事実が、そこにはあったはずだから。


黙り込んでしまった沈黙を打ち破るように。


「ごめん、遅れた」


最後の幹部が姿を表した。