それはとても悲しいことの結末を迎えたもの。


いいえ、悲しいなんて、そんな軽い言葉で言い表してはいけないこと。


あやみさんから少しだけ話は聞いていた、仁のお母様のこと。


彼女は、まだお腹の中に赤ちゃんがいたのに“マーク”によって殺された。


ふたつの命が同時に奪われたのだ。


「…お前らには、母さんのことは関係ねえだろ」


その瞬間、パンと、痛々しい音がこの幹部室一杯に響いた。


「何言ってんだよ!」


今にも泣きそうな顔で翔が言う。


「仁が昔、倉庫にあまりこなかったのは、ずっとあいつを探してたからだろ?俺らはそれを知ってたから、お前が倉庫に来なくても怒んなかったし、邪魔しなかったよ。それの何が関係ねえんだよ、大事な仲間だろ?」


ああ、それも理由だったのか。


ここを管理する為の、大人の会議が全てだったわけではないらしい。


ずっと、マークのこと探してたんだ…。


「それが、和佳菜を見つけて、お前は純粋に和佳菜が好きになったんだろうな。だけど、和佳菜が元カノだって知って、仁は動けなくなった。母さんを殺した奴と大事な彼女が付き合ってたんだから。なあ、そうなんだろ?」



ツキリと、胸に痛みが走った。


ああ、仁をあたしはそうやって悩ませてしまったの?



「…翔?なんかお前おかしいぞ」


仁は至って冷静で、翔の何かのおかしい部分に触れた。


「おかしくなんてねえし!俺はぁ…」


呂律が回っていない。


彼の中の何かが悲鳴をあげている。


「…こいつ、お前の母さん殺したやつを探してる途中で父親に会ったんだ」


ぽつりと、俯く綾が呟いた。


ああ、と仁は納得するけど、あたしにはわからない。


その話は、きっとまだ仲の浅いあたしには聞かせてくれなかった深い話なのだろう。


「翔?大丈夫?」


思わず駆け寄って手を置こうとするけれど、雑に振り払われた。


「優しくすんな!お前なんか来なきゃ、仁は苦しくならなかったのに…!」


そんな言葉の暴力はあたしの胸に深く深く突き刺さる。


「…いい加減にしろ」


その時低い声が、この部屋を支配した。