「階段の少年のことだね。発見が早かったのもあって、一命は取り留めた」


「そう、ですか…」


よかった、…人が死ななくて、済む。


「まあ、いつ容体が急変してもおかしくない状態にいるのに変わりはないから。安心し過ぎないように」


「…はい」


彼はそのまま奥に消えていってしまった。


大丈夫、まだ、まだ生きてる。


「…あとは、佐久間先生に任せよう」


仁の言葉にこくりと、頷いた。


医者でないあたしがこの場でできることはないに等しい。


だから、あたしが今やるべきことは…。


「仁、あのね」


先を行く彼に声をかけた。


「ん?」


「あたし、南からこれ貰ったの」


差し出したのは、小さな白いカード。


「読んだか?」


あたしは頷く。


南が運ばれた後、こっそりその中身を確認した。


血が付いているのは、南のものだ。


「多分フランス語で愛してるの意味だよね。だけど、…」


そう、たしかに。





“ je t'aime. ”




と一言添えられていた。




だけど、したには。


こんなものを、血濡れた彼に渡せるはずがない。


「…和佳菜、これって」


異変を感じ取った仁が慌ててあたしを抱きとめてくれる。


けれどその彼によりかかる余裕もなく崩れ落ちてしまった。


足に力が入らない。


使い物にならない足は、役立たず。


ただただ震えてあたしの恐怖を表すだけ。


だけど、あたしは。


「読んで」


戦っていかなければいけないの。


震えを止めようと、懸命に足に力を入れた。


だって、これはきっと。




“愛しい和佳菜へ


全てが終わったら、永遠に一緒にいよう。


また、連絡する。”






あたしへの宣戦布告だから。