「坊っちゃん、本当に言わなくて良かったんですか?」


三十代の男は、しらけた顔で彼を見つめた。


「なにが?」


「惚けても無駄ですよ。和佳菜様のこと、好きだったんでしょう?」


「……」


「坊っちゃん。わたくしは知っているんですから。あの人から守るために、時間稼ぎをしたことを。全ては和佳菜様のためだったのでしょう?」


「……」


「青山なんて、貴方からしたら雑魚ですよ。マークの敵にもならない。だけど、全ては和佳菜様のためなら納得がいきます。無能なフリまでして、手こずってるとか言い訳をつけて、彼女がマークさまのところに行くことを避けたのでしょう」


「根拠は?」


「坊っちゃん言ってましたよね?楽しそうに話してくれる女の子がいるって。アメリカからの出張でうちによるたびに。身分も立場も違うけど、誰に対しても変わらない態度に好感が持てるって」


「…別にそれが好きに繋がるわけじゃないでしょ」


「いいや、わたくしが手に入らないんですかつて聞いたら、他の人の女だって言うし。あまりにも悔しそうに言うので。もうその時点で、もう好きって白状してるようなものでしょう」


「俺のダチかもしれないよ?」


キョトンとした顔を彼は見せたが。


男はハッと馬鹿にしたように笑う。


「友情なんか信じてない男が何を言うんです。貴方が作る程度の友達なら奪えるでしょう。クラブやウチ以外のバーを好まない貴方が出会いの場を求めるなんてまずない」


「……」


「だけど、貴方があんな風に愚痴を漏らす人です。何をしても勝てないと貴方が悟った男。そんな人、1人しかいないでしょう」


彼は、しばらく黙っていたが。


やがてはあとため息を吐くと、苦く笑った。


「……佐々木さんの洞察力、和佳菜とおんなじくらい怖いわ」


「坊っちゃん」


「でも俺は敵わないって知ってるから。あの人でも無理だって思ってたし、仁の一途さで、もう完敗って感じだよ」


「…貴方が負けを認めるなんて、珍しい」


「俺じゃ幸せにしてあげられる自信がないからね。まあ、好きな期間だけなら負けないけど」


「何年ですか」


「…もう、5年かな」


「……」


「黙らないでよ。仁なら、って思ってるんだから」


「新しい女、紹介しましょうか?」


「…んーん、まだいいや。しばらく忘れられそうにない」






「幸せになれよ。和佳菜」



彼はそっと、彼女が出て行ったドアを見つめて呟いた。