蒼の花と荒れる野獣Ⅱ



「約束は守りたいの。嘘つきにはならない、なりたくない」


そう言ってからポケットにあった携帯電話を取り出す。


「瑞樹。あの日、助けてくれてありがとう。仁に追い出されたあたしには、行き場が無かった。ここは大切な居場所なの」


そっと瑞樹の右手に携帯電話を握らせる。


「貴方が居たからあたしは今も生きていられる。だから貴方も悔いのないように、ね?」


「…うん」


「不服そうな顔をしないの。貴方が困ったらいつだって助けてあげる。この携帯電話に誓うわ」


「携帯に誓って、守られる気がしないけどな」


彼は悲しげに笑うと、ほらと、道を開けてくれた。


「荷物取りに来たんでしょ。さっさと終わらせなよ」


そう言って、奥のダイニングに姿を消した。


「佐々木さん…」


「わたくしは反対ですよ。頼んだわたくしが言うのもなんですが、それは貴女がマーク様の側にいる時限定のものです。貴女にはもう辛い目に遭って欲しくない」


「佐々木さん優しいものね。でも、どうしてもしたいの…ねえ、お願い」


そう懇願すれば、彼は視線を外して、小さく息をついた。


「…認めたわけではありません。ただ。好きにすればいい」


それは、責任は取らないけどやってもいいってこと?


「ただし、何かあったら逐一報告すること。間違えても、勝手に動かないこと」


そう言いながら、ひさびさに見たあたしの携帯電話を差し出した。


「これ…」


「貴女はここを去るんですから、この所有権は貴女にあるでしょう。わたくしの連絡先は登録させていただいたので、何かあったらそこに」


パスワードというものが携帯電話を使う上で必要だと思うのだけど、この人にはそれは関係ないらしい。


なんでもできるのだなと思いながら受け取った。


「分かった。…荷物とってくるわね」


心なしか、佐々木さんの頬が涙で濡れているような気がして、あたしは僅かに悲しくなった。