「約束は守りたいの。嘘つきにはならない、なりたくない」
そう言ってからポケットにあった携帯電話を取り出す。
「瑞樹。あの日、助けてくれてありがとう。仁に追い出されたあたしには、行き場が無かった。ここは大切な居場所なの」
そっと瑞樹の右手に携帯電話を握らせる。
「貴方が居たからあたしは今も生きていられる。だから貴方も悔いのないように、ね?」
「…うん」
「不服そうな顔をしないの。貴方が困ったらいつだって助けてあげる。この携帯電話に誓うわ」
「携帯に誓って、守られる気がしないけどな」
彼は悲しげに笑うと、ほらと、道を開けてくれた。
「荷物取りに来たんでしょ。さっさと終わらせなよ」
そう言って、奥のダイニングに姿を消した。
「佐々木さん…」
「わたくしは反対ですよ。頼んだわたくしが言うのもなんですが、それは貴女がマーク様の側にいる時限定のものです。貴女にはもう辛い目に遭って欲しくない」
「佐々木さん優しいものね。でも、どうしてもしたいの…ねえ、お願い」
そう懇願すれば、彼は視線を外して、小さく息をついた。
「…認めたわけではありません。ただ。好きにすればいい」
それは、責任は取らないけどやってもいいってこと?
「ただし、何かあったら逐一報告すること。間違えても、勝手に動かないこと」
そう言いながら、ひさびさに見たあたしの携帯電話を差し出した。
「これ…」
「貴女はここを去るんですから、この所有権は貴女にあるでしょう。わたくしの連絡先は登録させていただいたので、何かあったらそこに」
パスワードというものが携帯電話を使う上で必要だと思うのだけど、この人にはそれは関係ないらしい。
なんでもできるのだなと思いながら受け取った。
「分かった。…荷物とってくるわね」
心なしか、佐々木さんの頬が涙で濡れているような気がして、あたしは僅かに悲しくなった。



