その時、急に。
思い出すことを封印してきた記憶が蘇ってきた。
ある男の人が女の子と腕を組んで仲良く楽しそうにその建物の中に入っていく。
そこは、それは。
「…だめ」
どん、と強く、仁の胸を押し返した。
そこはラブホテルで。
その人は仁で。
間違えなく、あたしを裏切って。
あたしが闇へ落ちていくその理由を、作った人物。
「…和佳菜?」
「駄目、いや。…あたしに、あたしに触れないで!」
あの女の人を触れた手で、あたしに触れないで。
触らないで。
あたしのものになんてならないくせに。
あたしのことなんて大切じゃないくせに!
「…和佳菜?落ち着けよ」
「やだあ、やだ…。あの人と一緒にいた癖に。あたしなんか…」
どうせ大事じゃないんでしょ?
涙が頬を伝う。
柄にもなく泣いてしまう自分が許せなかった。
それでも、それでも。
「…あのひとの側にいたままあたしのことを愛さないで」
あの記憶だけは鮮明頭にこびりついて。
決して離れてはくれないの。