彼は気付かない。
彼女の視線に、言葉に。
「仁っ!」
「和佳菜さん!危ないですよ!」
歩き出す彼女を慌てて止めようと手を引くと。
「大丈夫だから」
ふわりと笑って俺の手から丁寧に自分の手を抜いた。
そして、尚も無我夢中でなぐっている。
仁さんのその一発を。
「…止めた?」
パァンと音を立てて、彼女が受け止めた。
「仁、こっちを見て?」
その言葉をようやく面を上げた。
「…和佳菜?」
途端に冷静になった仁さんの声が、ロンスターダントにこだました。
「…なんで」
「貴方が人を殴っているって聞いたから、慌てて帰って来たの」
「…え、は?」
「帰って来た時に陽太から連絡をもらったの。ここを教えてもらって、それで」
美しい彼女は、微笑む。
仁さんの1発を受け止めるなんて、かなり痛いはずなのにそのその素振りさえなんて一切見せずに。
仁さんの目を見つめて、瞳を三日月型に変えた。
それだけで既に妖艶で、だけど儚い。
「和佳菜は消えたんじゃ…」
「消えないわよ?何言ってるの?大阪の時挨拶したでしょう?」
「…いや、だって」
知らないのは当然だ。
仁さんは彼女自身には何もしてない、見ているだけだ。
だから、消えたって思ってるのは、仁さんや事情を知る俺たちだけなんだ。
彼女は俺らに聞こえない声量でボソリと何かを呟き。
彼女は何を理解したのか、にこりと微笑み。
「…あたしは、何も言わないで仁の前から消えたりしないよ」
________大丈夫。
彼女は笑った。
美しく。
薔薇のように。
「だから帰りましょう?あたし達が一緒にいられるところに」