美しい黒髪が、目の前を横切る。
え、なんで。
連絡くれるって言ってなかったっけ?
「陽太、あたしの着信無視しちゃだめよ?」
「…え」
ただただ惚けて、彼女を見上げる。
「…その感じだと気がつかなかったのね。いいわ、頑張ってくれてありがとうね」
彼女は微笑むと、そのまま通り過ぎていく。
たった、それだけなのに。
空気が変わる。
荒れていて、揶揄っていた野次馬たちも大人しくなる。
あれ、俺、無視なんかしてたっけ。
慌てて確認すると、数件連絡が入ってた。
…しくじった。
俺の気落ちなんか少しも気に留めていない彼女は前を向いて。
「仁」
芯のある声で、再び仁さんを呼んだ。



