蒼の花と荒れる野獣Ⅱ



「…はっ、冗談でしょ。馬鹿じゃねえの、揃いも揃って。その女ごときに」


「馬鹿なのはてめえのほうみたいだな、林」


ドンっと聞こえたのは何だったのか。


振り向いていた胴体をさらに強く引き寄せられたから、あたしには分からなかった。


ただ、照史の声が聞こえなくなったあたりから。


とても危ないことが起こったのだと、そう感じずにはいられなかった。


「あとは部屋でたっぷり話を聞いてやるよ」


その部屋がなにを意味するのか、あたしはぼんやりと理解することができていた。


照史がどこに行くのか、そこで一体なにをされるのか。


あたしは予測できていた。


だけど、止めなかった。


止めるつもりはなかった。


「照史」


だけど呼び止めた。


伝えることはたった一つ。


「おじいさまには帰らないと伝えて」


ドアの開く音に慌てて、だけどどこか作った冷静さを醸し出して、そう言った。


声が震えないように、注意して。


あたしが貴方を怖がっているなんて、そんな過去。


消してしまうかのように。


「和佳菜…あいつは」


「分かっている」


あの子はきっとここから出てこられないと。


日の目を見ることはないと。


仁、貴方はきっとそう言いたいのでしょう。


「照史はとてもしぶといの」


あたしは仁にそう微笑むしかなかった。


困った顔をしていたかもしれない。


だってあたしの顔を見た途端、仁が、あの仁がね。


急に泣きそうな顔をするのだもの。



あの仁がよ?


気高く美しく、


華やかで、


決して人を寄せ付けない、


近づき難い、貴方が。



「だいじょうぶ、あたしは平気」


まるで呪文でも唱えるかのように、あたしは仁に笑った。



今度はもう少し、うまく笑えているといいな。