「おおきに」
玲が軒先で頭を下げた。
「礼なんて言わなくていいのよ」
「いえ、やっぱり和佳菜さんおかげやと、おもとっりますから」
その真っ直ぐな目に少し安心した。
ここは大丈夫だ、なんとかなる。
「あとは、お前に任せていいな」
仁の問いかけに、玲は小さく顎を引いた。
「はい、うちのことなんで、うちで解決します。他所様に出ていただいてほんに申し訳なくおもております」
「思ってもいないことを」
そう笑う時間ももう少ないようだ。
もう夕刻、日が沈みそう。
今夜の宿まで考えていなかったから、宿探しを始めなくては。
「和佳菜ちゃん」
玲と共に軒先に出ていた彼女がそうあたしを呼んだ。
「…千夏ちゃん」
「千夏、ここに残る」
彼女はそう言って柔らかく笑った。
それでもう、わかった。
「…どうか幸せでいて」
「千夏は幸せになれるよ。その台詞は、千夏が和佳菜ちゃんにそっくりそのまま贈ってあげる」
「…幸せ、ね。ずっとこのままは難しいわね」
「それでも千夏の命の恩人だから、困った時は呼んでね。そうじゃなくても、ね」
「ええ、また逢いにいくわ」
「約束だよ?」
「もちろん」
全てに打ち勝って、必ず。
「それから、仁」
彼女は仁のことも呼び止めて、悲しげに微笑んだ。
「仁のことは諦める」
「ああ」
「本当に大好きだったの。あの日急に居なくなってごめんなさい。だけど、大好きだったのは嘘じゃないから…だから」
「知ってる」
仁が振り向いた。
優しい優しい笑顔だった。
「千夏が俺のこと好きだったのは、ちゃんと分かってた」
「うん…」
「だから、もう気にしなくていい」
「うん。もう気にしないよ。…千夏は仁とは幸せにはならなかったけど」
近くにいたあたしを引き寄せて。
「…この子は大切にしてね」
あたしを大切に抱きしめてから。
そっと背中を押した。
「千夏ちゃん…」
「また、会おうね。和佳菜ちゃん。幸せになってね…?仁も」
彼女は心なしか泣きそうに見えた。
「行こう」
仁のその言葉に頷く。
「また、いつか」
逢える日を、願って。