「…ごめんなさい、何も思い出せないわ」
思い出したのは、マークとの幸せな日々ばかりで。
佐々木さんの言うその人の顔さえ、全く出てこない。
あたしは、忘れていることがあるの…?
「本当になんでもいいんです。口元でも、何かを覚えていれば」
「どうしてそこまで必死になるの?」
大きく目を見開いて、佐々木さんが固まった。
「あたし、こんなに必死になる佐々木さんを初めて見たの。だから、その、何故探しているのかな、と思って」
「和佳菜、様…」
すごく知りたくなった。
だけど、すぐに後悔した。
「…ごめんなさいね、変なことを言って」
貴方の顔があからさまに暗くなったから。
その瞳が悲しげに揺れたから。
涙でも落ちそうで、儚くて、辛くて。
ダメだ、と脳内で警報音がなった。
「佐々木さん、ごめんなさい。もう大丈夫。もういいわ」
ベッドから起き上がっている佐々木さんの背中を撫ぜた。
一人じゃないよ、大丈夫。
一人になんかしない、あたしがいる。
“ どんなことがあっても ”必ずあたしは貴方の味方だ。
だから。
泣かないで……。
「和佳菜様」
凛とした声に、思わず佐々木さんの顔を見た。
「なに?」
「簡潔に言います。よく、聞いてください」
あたしの目を見た。
真っ直ぐで力強い、意志のある目が。
あたしに問いかける。
“今から貴方のことを信用する。だから、よく聞いて。一言一句、聞き逃さないで。”
「ええ」
だから、あたしも応える。
“大丈夫、貴方のそばにいるから”
そう伝えるように瞳を見つめると。
佐々木さんは安心したように口を開いた。
「わたくしは弟を探しています。母を殺した弟を」