「終わったよ」
ドアを開けると、すぐ横には仁がいた。
「ああ」
「帰ろうか」
「ああ」
「綾どこにいる?挨拶したいのだけど」
「リビングにいるって」
この人ようやく、ああ、以外の言葉が喋れるようになったか。
なんて、1人で感心しながら、先を歩いた。
階段を降りてすぐの大きな部屋で、綾は腰をかけていた。
「ありがとうね」
「いや、こちらこそありがとな。千夏が元気になって安心した」
え?
「どうした?」
今、何か違和感が…。
綾があたしの顔を覗き込む。
その姿はいつもと変わらない。
気のせいかしら。
「いいえ、なんでもないわ。また来てもいい?」
「来いよ。あいつも喜ぶ」
上を目で指しながら笑った綾に、やはりどこか違和感を覚えながら、そうね、と答えた。
「綾はずっとここに?」
「そ。最近は争うグループもないし、平和だから、こっちについてる」
「そう。じゃあ、いつでも綾がいるのね」
「そうだけど?大丈夫、女同士の会話には参加しねえから」
「それはありがたい」
くすくす笑いながら、じゃあね、と言って仁と共に一軒家をあとにした。
「まだ佐々木さん気づいていないかな?…気づかれていたら、まずいことになるんだけど」
「そうだな」
「…ねえ、仁。さっきから変よ?大丈夫なのる」
なんとなく上の空で。
大丈夫、と頼りない笑みを浮かべた。
「なんでもない、なんて顔をする気?分かってるんだからね」
どことなく、不安を醸し出す表情も。
何かを我慢している難しい顔も。
イギリスに行って、たくさんの人と関わって、少しは人間らしくなった今のあたしなら。
貴方の気持ちだって想像くらいは出来るのよ?
まあ、イギリスに行ってからかなり時間が経っているから、鈍っているかもしれないけれども。
「なあ、和佳菜」
「なに?」
「…俺に怒っていいんだぞ」
いきなりそんなことを言い出したから、首を傾げた。
「なにを言ってるの?」
どこからどうなって、貴方に怒ることになるの。
「聞いたんだろ、9月のあの日の話」
9月のあの日…と遡ってから。
「ああ、うん」
と返した。
それから。
「なんで怒らなければいけないの?」
と聞いた。