蒼の花と荒れる野獣Ⅱ


彼女に携帯の連絡帳を出してもらうと。


暗記してあった電話番号を入れた。


「何かあったら、この電話番号にかけて」


「でも、和佳菜ちゃん携帯持ち歩かないって」


「そう、これはあたしのものじゃない。けど、ここにかけたら必ず繋いでくれるから」


そう、これはBAR Margaretつまり、佐々木さんのお店の電話番号。


個人ではないし、ホームページにもこの番号が載っているらしい(瑞樹に教えてもらったことがある)。


だから、これが1番楽に個人情報を教えずに連絡を取れる方法。


「この電話の主には色々聞かれるかも知れないけど、貴女なら大丈夫でしょう」


「…そんなに楽じゃないんだよ、人を欺くって」


「わかってるわよ。あたしだって、まだ、一応現役よ。でも、分かった上で言ってるの。あたしは信頼してる。それでも、いけない?」


「…和佳菜ちゃんさあ、その顔してあたしがダメって言えないって分かってるでしょ」


「あはは」


「笑い事じゃないの!」


素直に笑うことなんてそうなくて、とても楽だった。


「…じゃあ、また。もう夜が明けてしまうから」


「うん…」


千夏ちゃんがそっとまぶたを伏せて笑った。


「また会いにいくわ」


「うん、絶対にね」


「約束よ?」


「和佳菜ちゃんこそ」


にこりと微笑んだ彼女は、やはり偽っていなくて。


会えてよかった、なんて柄にもないことを思った。



「和佳菜ちゃん」


ドアに手を伸ばしたとき。


彼女の声に振り向くと。



「ありがとう、和佳菜ちゃん」



その言葉はどんな言葉よりあたしの心の柔らかい部分を揺らした。


「こちらこそ、ありがとう」



バイバイ。




その言葉は、あの子の耳に届いただろうか?



扉が閉まってからでは、




もう分からなかった。