彼女に携帯の連絡帳を出してもらうと。
暗記してあった電話番号を入れた。
「何かあったら、この電話番号にかけて」
「でも、和佳菜ちゃん携帯持ち歩かないって」
「そう、これはあたしのものじゃない。けど、ここにかけたら必ず繋いでくれるから」
そう、これはBAR Margaretつまり、佐々木さんのお店の電話番号。
個人ではないし、ホームページにもこの番号が載っているらしい(瑞樹に教えてもらったことがある)。
だから、これが1番楽に個人情報を教えずに連絡を取れる方法。
「この電話の主には色々聞かれるかも知れないけど、貴女なら大丈夫でしょう」
「…そんなに楽じゃないんだよ、人を欺くって」
「わかってるわよ。あたしだって、まだ、一応現役よ。でも、分かった上で言ってるの。あたしは信頼してる。それでも、いけない?」
「…和佳菜ちゃんさあ、その顔してあたしがダメって言えないって分かってるでしょ」
「あはは」
「笑い事じゃないの!」
素直に笑うことなんてそうなくて、とても楽だった。
「…じゃあ、また。もう夜が明けてしまうから」
「うん…」
千夏ちゃんがそっとまぶたを伏せて笑った。
「また会いにいくわ」
「うん、絶対にね」
「約束よ?」
「和佳菜ちゃんこそ」
にこりと微笑んだ彼女は、やはり偽っていなくて。
会えてよかった、なんて柄にもないことを思った。
「和佳菜ちゃん」
ドアに手を伸ばしたとき。
彼女の声に振り向くと。
「ありがとう、和佳菜ちゃん」
その言葉はどんな言葉よりあたしの心の柔らかい部分を揺らした。
「こちらこそ、ありがとう」
バイバイ。
その言葉は、あの子の耳に届いただろうか?
扉が閉まってからでは、
もう分からなかった。



