「なんで…」



「魔法だ、魔法」


「そんなものないわよ」


「そこは信じろよ」


「科学的にも証明されているのよ?…あのね」




「そうじゃなくて」



声が止まる。


静かな夜の曇り空に、少しだけ光が見えてきた。


「もうちょっと、夢を見ろってこと」


「こんな現実を生きているのに?」


「それだけの心の余裕を持っていろよ、てこと」


そんなことで初めて、あたしが今全く余裕がないことに気付かされる。


佐々木さんがあんな目に遭って、どことなく佐久間先生を怖いと思ってしまって。


そわそわと落ち着かない気持ち、ここに来てようやく、その正体がわかる。


あたし、余裕がないのか。


まだまだ人間への道のりは遠いらしい。


自分の気持ちさえ気づかないあたしは“ ロボットちゃん ”だ。


余裕があるって大切だな。


この状況で余裕がある人がいたのなら、とても楽観主義者だとあたしは思うけれども、それでも。


「ありがとう」


「ん」


ただ、彼の気遣いが嬉しかった。





薄暗い雲はあっという間に空から消えていく。



今日は風の流れが早いみたいだ。



「着いたぞ」


「もう?」


「そうだよ、意外と近いんだ」


なんだか楽しそうに彼が笑った気がした。


じっとその目を観察してみる。


綺麗な黒曜石みたいな、漆黒の瞳。


その目で見ていた景色はどんな世界なのだろうか?


荒んで、汚い世界なのだろうか。


最もこの世界、そんなものばかりなのだけど。


「なんだよ」


不思議だ、とでも言うように彼があたしの目を覗き返す。


「…なにも、ないわよ」


何もない、の。


そう言い聞かせたなら、全てが上手く纏まる気がした。