強い力で後ろから引かれ、右腕から大きく後ろに後退した。
バランスを崩したあたしは、驚きやらなんやらで、ただただあたしを抱きとめたその人を見上げる。
その人は鋭く佐久間さんを睨み付けていた。
「佐久間さん、いくら貴方でも今回のことは許さねえ」
「…若」
「和佳菜にはもう構わないでくれ」
「…しばらくは姿を消します。用がある時に呼んでください」
失礼しました、と声がした。
訳が分からない。
仁がなんでここにいるのか。
いつからいたのか。
気配を掴めなかったから、驚き意外に何も出てこない。
「…仁?」
試しに呼んでみる。
「ごめん…」
その声はやはり聴き間違えなんかじゃなくて。
ああ、仁なんだ。
仁がいるんだここに。
なんて、どうしようもなくホッとした。
「助けてくれてありがとう」
「そんなこと…」
「仁が来なかったとき、どうなっていたかなんて考えられないの」
あの日のことも。
忘れてはないけど。
きっとあたしは一生忘れることなんかできないし、忘れるつもりはないけれども。
貴方が側にさえにいれば、なんとかあたしはあたしでいることができる。
「もう出よう。佐久間さんの病室だし」
「そうですよ。人の前でイチャつきやがって」
うわっ。
そっかここ、佐々木さんの病室だった。
赤面したあたしを佐々木さんがくすくす楽しそうに笑った。
「和佳菜様、本日中には帰りますように」
「え、許してくれるのですか?」
てっきり瑞樹でも呼び出して、連れて帰りそうだと思っていたのに。
「仁ともまた長い付き合いですからね。信用はしています。和佳菜様はマーク様と仁。一体どちらと幸せになるのでしょうか。楽しみです」
それはマークに心酔している佐々木さんの言葉とは思えなかった。
そんなこと、マークに言ったのなら、問答無用でアメリカに連れて帰りそうだ。
「佐々木さん、お大事になさってください。また来ます」
「いや、家に帰ってください。そして、もう二度と来てはいけません」
やっぱり、佐々木さんはそこまでの自由はくれない。
「では」
あたしに構っている暇なんか、ないはずなのに。
仁も佐々木さんに軽く挨拶をして、病室から出た。
「ねえ、仁。家のことは大丈夫だったの?」
「いらねえことだ。お前は心配しなくていい」
車の元に着いたのか、あたしを片手にだきかえると、スムーズにドアは開き、あたしを助手席に乗せて、ご丁寧にシートベルトまで、してくれた。
「俺はお前に会いたかった、それだけ」
そう言って優しく微笑むと。
わざとリップ音を鳴らして、額に。
「慣れてねえのか?可愛いヤツめ」
微笑んだ仁を目の前にして、頭が上手く機能しない。
ただ、あたしが覚えていることと言えば。
額に、柔らかい唇が降りたことだけ。