蒼の花と荒れる野獣Ⅱ



強い力で後ろから引かれ、右腕から大きく後ろに後退した。



バランスを崩したあたしは、驚きやらなんやらで、ただただあたしを抱きとめたその人を見上げる。


その人は鋭く佐久間さんを睨み付けていた。


「佐久間さん、いくら貴方でも今回のことは許さねえ」


「…若」


「和佳菜にはもう構わないでくれ」


「…しばらくは姿を消します。用がある時に呼んでください」


失礼しました、と声がした。


訳が分からない。


仁がなんでここにいるのか。


いつからいたのか。


気配を掴めなかったから、驚き意外に何も出てこない。


「…仁?」


試しに呼んでみる。


「ごめん…」


その声はやはり聴き間違えなんかじゃなくて。


ああ、仁なんだ。


仁がいるんだここに。


なんて、どうしようもなくホッとした。


「助けてくれてありがとう」


「そんなこと…」


「仁が来なかったとき、どうなっていたかなんて考えられないの」


あの日のことも。


忘れてはないけど。


きっとあたしは一生忘れることなんかできないし、忘れるつもりはないけれども。


貴方が側にさえにいれば、なんとかあたしはあたしでいることができる。


「もう出よう。佐久間さんの病室だし」


「そうですよ。人の前でイチャつきやがって」


うわっ。


そっかここ、佐々木さんの病室だった。


赤面したあたしを佐々木さんがくすくす楽しそうに笑った。


「和佳菜様、本日中には帰りますように」


「え、許してくれるのですか?」


てっきり瑞樹でも呼び出して、連れて帰りそうだと思っていたのに。


「仁ともまた長い付き合いですからね。信用はしています。和佳菜様はマーク様と仁。一体どちらと幸せになるのでしょうか。楽しみです」


それはマークに心酔している佐々木さんの言葉とは思えなかった。


そんなこと、マークに言ったのなら、問答無用でアメリカに連れて帰りそうだ。


「佐々木さん、お大事になさってください。また来ます」


「いや、家に帰ってください。そして、もう二度と来てはいけません」


やっぱり、佐々木さんはそこまでの自由はくれない。


「では」


あたしに構っている暇なんか、ないはずなのに。


仁も佐々木さんに軽く挨拶をして、病室から出た。


「ねえ、仁。家のことは大丈夫だったの?」


「いらねえことだ。お前は心配しなくていい」



車の元に着いたのか、あたしを片手にだきかえると、スムーズにドアは開き、あたしを助手席に乗せて、ご丁寧にシートベルトまで、してくれた。


「俺はお前に会いたかった、それだけ」


そう言って優しく微笑むと。


わざとリップ音を鳴らして、額に。


「慣れてねえのか?可愛いヤツめ」


微笑んだ仁を目の前にして、頭が上手く機能しない。


ただ、あたしが覚えていることと言えば。




額に、柔らかい唇が降りたことだけ。