「サクマはあそこの専門医でしたよ。…和佳菜様は会ったことがないかもしれませんが」
あそこ…と言われて、思い出すところは一つ。
マークの会社、もとい、Mafiaの住処であるあの一見古びた廃工場。
「嘘…」
まだいたの?日本人。
「和佳菜様がアメリカにいらっしゃる頃はとても日本人は多かったですよ」
あたしの思考をよむように、佐々木さんはそう言った。
「プリンセス。わたし、こう見えても会ったことがあるんですよ」
プリンセス…。
そのイントネーションは妙に聞き覚えのあるものだった。
「…決起集会?」
佐久間さんが僅かにめを見張った。
「まさか、憶えていらっしゃるとは」
「朧げになんとなくいたな、くらい。あたしの頭だって、そこまで役に立つわけじゃないのですよ」
Dr.サクマ。
そんな風に呼ばれているところを2年に一度行う決起集会…もとい、裏切者の摘発で見たことがあった、気がする。
マークの側にいたお陰か、そこではマークと瑞樹と、…蓮くらいとしか話していない。
護衛の2人が常に側にいたから話しても挨拶程度。
それでもあの場所であたしをプリンセスと呼んで怒られなかったのは佐久間先生くらい。
あたしが嫌がれば即その人は独房行きだ。
それほど、マークの愛は重くて深いものだったけども。
佐久間先生はマークに凄く気に入られていたからあたしが嫌がっても平気だった。
「どうやってこちらにきたのですか?」
マークの執着心は異常だ。
簡単に彼の側から離れられたとは思えない。
「僕は本来は銀深会側の人間なんですよ。だから、僕の居場所はここです。マークにはいたく気に入られていたからパーティに顔を出しましたが、その程度です」
「でも、あの人は…!」
気に入ったならなんとしてでも奪う人間だ。
そう言おうとしたら、ふっと柔らかく微笑んだ。
だけどその目は凍っていて…。
「2年前のホテル火災」
あたしの心臓をぎゅっと鷲掴みにした。
「覚えていますよね?」
1番触れて欲しくない所に容赦無く触れた。
そうだ、この人は誰にも従わないからいたくマークに好かれていたんだ。
「サクマ」
「なんです?」
「和佳菜様の傷に触れる行為は、マーク様もわたくしも、決して許すことはありません」
「…知ってますよ。大丈夫、傷をえぐるようなことはしません。だってあの日のことは…____」
「サクマ!」
呼吸が次第に浅くなるのがわかる。
吸うことも吐くことも難しい。
「申し訳ありません。あの事故後、あの場所はとても混乱しており、それに乗じて逃げただけです。それだけです」
仕切りに謝る佐久間先生は凄く焦っているようで、早口だ。
あたしがこんなに動揺するなんて、考えてもみなかったのだろう。
あの日の光景が、今もあたしを掴んでは離さない。
『逃げろ!』
赤い炎。
火柱が真横に落ちた。
息絶え絶えの貴方が。
それでも、と叫ぶ。
『逃げろ!』
逃げてはダメ。
ダメ、ダメよ…。
手を掴みたい。
そうしたらほら、2人で逃げられるでしょう?
望み通りに。
あたしがあんなことを言わなかったら。
貴方はまだ生きていた?
あの炎の中に。
閉じ込めてしまったのは…。
「和佳菜!」